精神科医が作り出す「異常性格者」

不可解な凶悪犯罪の驚愕の真相・・・悲しみの連鎖を止めたい

退行

副作用をけして認めない精神科の「法律」

精神科には副作用を絶対に認めず精神疾患が悪化したことにする法律が存在する。


ある精神科医とメールのやり取りをした。

登校拒否を専門にサイトを運営し考え方に違いはあるものの「性格が変わる」副作用があることを認め、脳に直接作用する半永久的な副作用の可能性についても否定していない。薬が子供に対して悪影響を与える可能性が高いとして未成年への投与を危険視している文章を掲載している「良心的」と思える精神科医である。

これまで多くの精神科医や専門家に無視されているので過度の期待を抱いたわけでは無いが何らかの理解を得られるかもしれないと思って息子の記録と考察を送ってみた。副作用を「まじめに研究している」方にとっては5分や10分程度の診察ではけしてわからない詳細な記録は願っても無いものに違いないはずだとも考えた。

返事がもらえること自体期待していなかったがすぐにメールが入った。

「受け取りました」で始まるメールには原稿用紙百数十枚分ある文章を数ページ読んだだけなのに、この本を読みなさい、私のホームページを見なさいとリストが並んでいた。

私は落胆した。封をあけてファイルを覗いていただいただけでもありがたいと思わなければならないのだろうが、これではろくに患者の話も聞かないで病名をつけ薬を処方する「ヤブ医者」と変わらないではないか。文章を読み進めればそういう本の類はたくさん読んでいることもホームページも見た上で送っていることに気が付くだろうに・・・。まあ、とにかく患者を見下すその姿勢は十分受け取れたのでこの方と会話することはお互いの精神衛生上良くないと判断し、丁重にお礼を述べ、あなたと会話する意思は無いことを文面に込め返信した。

しかし意思が伝わらなかったのがあるいは自意識過剰なのか数日後に「全文読みました」で始まるメールが返ってきたのだ。

しかし、その内容は全文を読んだとは思えない???に溢れていた。正確には「大体読んだ」「ざっと読んだ」程度のことなのだろう。まあそれでも読んでいただけたことにはお礼を申し上げるしかない。

さて、その内容は

・息子さんの症状は副作用ではなく精神障害が悪化したものでその原因は父親であるあなたにある

・息子さんは今現在も登校拒否の状態にあり、それを父親が理解せず無理やり行かしている

・あなたがしている副作用の研究、告発は息子さんに悪い影響を与えているからやめなさい

というようなものである。口調は柔らかいが私の考え方を全否定していることになる。全文を読めばこのような答えが返って来ることははっきり言ってあり得ない。怒りやあきれたというのを通り越して笑ってしまった。

きっかけとなる神経発作を起こさせる原因を作ってしまったのは私でもあることは間違いないしそれを否定するつもりはない。しかし、それから起きたことはすべて薬が原因であることは記録を読めば一目瞭然だ。私が嘘をついていない限り100%疑う余地などない。近所の少年も「薬を飲んでおかしくなった」と友人が証言している。原因や症状に対する考え方の違いはあっても副作用であること自体を認めない理由は存在していない。

「薬を飲んで様子がおかしくなったらそれを何と言いますか?」という質問に対しては小学生でも「副作用」と答えることができる。この「常識」が精神科には存在しないということなのだ。これでは副作用は一切報告されず、研究されることもあるはずが無い。精神科の副作用は入り口がすでに存在していない。しかし精神科医が「副作用では無い」と言えばそれが正論になってしまう。

精神科には副作用の訴えがあったら「必ず否定すること」「必ず患者の精神疾患が悪化したことにすること」「必ず家族や社会環境が悪化させていることにすること」という「法律」があって「良心的」な看板を掲げていてもその枠からはみ出ることが許されないのだ。いや、知っていて無視しているというよりは「宗教」のようにそれを盲信して目の前の現実を見ようとしない、という方が正しいのかもしれない。精神科医は製薬会社が作り上げた新興宗教の信者にすぎないのだろう。

息子は今専修系の高校に通っている。自分で入学を希望し自分の意思で通っている。休むことも多いがそれでもいいと思って何も言うことはしない。副作用で失った3年間に比べれば「まともな人間」に近づいていることだけで十分幸せだから学校に行くことを強制することはなく、登校拒否の傾向は全くない。

私たち家族は今幸せに暮らしている。妻がたまに調子を崩してしまうことはあるが精神科医によってめちゃくちゃにされた3年間を取り戻すように平穏に暮らし、幸せな時間を重ねている。私は忙しい仕事と家族と過ごす時間の隙間のわずかな時間をこういう文章を作ることにあてていて家族の誰にも何の影響も与えていない。その程度のことを私の文章から読み取れないようでは精神科医としての資質に欠けるのではないか。私の文才が無いから伝わらないだけかもしれないが。

さすがにこういうことを言われると腹も立つので、こぶしを振り上げない程度に抗議の文章を書き、「精神科医に被害者の苦しみをわかってもらおうとした自分が間違っていた」ことを伝えた。これで返信が来ることはないだろうと思ったのだがすぐにメールが返ってきた。

そう考えたければ考えても良いが自分は脳科学に基づいて・・・という内容だ。どこまで自意識過剰なのか相手の気持ちを読み取れないのか、自分を正当化して終わらなければ気が済まないのだろう。

脳科学を持ち出せば素人は黙るに違いないという奢った見識が透けて見える。小学生でもわかる常識よりも脳科学の方が本当に正しいのか?だったらスウェーデンの大学の研究は何を示すと言うのか?もちろんそのことも伝えたが一切触れようとしなかった。

言葉は穏やかで悪意が感じられるわけでは無いが、これが「良心的」な精神科医の見識なのだ。他の精神科医は推して知るべきだろう。かくして副作用は患者の責任になり闇から闇に葬られ、多くの人間が人生を奪われ、多くの命が失われていく。

さあ、あなたは小学生でもわかる常識をもって、世界で初めてすべてのつじつまがあう理論を掲げるどこの馬の骨かわからぬ素人と、立派な大学を出て脳科学をひけらかす精神科医とどちらを信じるか?もちろん「精神科医」という権威だろう。その選択があなたやあなたの家族に不幸をもたらすことがないことを願っている。

これ以上空しい議論をしても仕方ないので返信は見送った。

息子の副作用の3年間の記録と考察は下記を参照してほしい。
toshio1131.web.fc2.com

 

凶悪事件の脳内物質異常説に潜む矛盾

脳内物質の異常による一時的な副作用説には多くの矛盾が存在する

米コネチカット州銃乱射事件を受けてこの事件が精神科の薬の副作用であると主張している方が私以外にも多数存在している。人権団体の関係者を中心に従来から不可解な凶悪事件と精神科との関連を訴えて来られた方々である。医療履歴の開示や血液検査をするべきだというような主張をされている。

これら方々がその根拠としているのが脳内物質異常という考え方である。精神科薬の副作用研究の第一人者と言われる杏林大学の田島治教授や医薬ビジランスセンターの浜六郎氏などが主張する理論で、米のFDA関係者、デビットヒーリー博士など著名な研究者が共通の考え方をしている。つまり、セロトニンなどの分泌異常によって引き起こされるうつ病などの症状を補正する働きを持つ薬が想定外の脳内物質の異常を引き起こし、興奮、自殺企図、攻撃性が増すなどのアクチベーションシンドロームとも呼ばれる症状を引き起こすというものである。続発する不可解な凶悪事件も精神科の治療が関係していることからこの症状が事件を引き起こすと少なくない方が主張してきた。だが田島教授や浜氏は関連が明確であるはずの多くの不可解な凶悪事件には触れず、「攻撃性が増す」副作用があること自体は認める厚生労働省も関連を認めていない。事件の裁判でも弁護側からさえ副作用の可能性はほとんどの場合指摘されない。米の事件でも同様で直接の関連が認められたものはほんのわずかで、ほとんどは関連する可能性すら報道されない。いったい何故なのだろうか。

その大きな理由は「つじつまが合わない」ことだろう。薬によって一時的に起きると言ういわゆる「心神耗弱」(錯乱状態)や「せん妄」(半錯乱状態)これらの副作用ではほとんどの凶悪事件は説明できない。

具体的には次のような矛盾が存在する。

・一時的な症状ではない

錯乱や半錯乱状態ではなくごく普通の精神状態で事件を起こし、逮捕後も精神状態が変わらず、いつまでたっても反省の意思を示さない。数日から数か月とされる回復期間を過ぎても状態が変わらない。

・はっきりした意識と記憶

錯乱や半錯乱状態では理路整然とした意識を持てず、その状態時の記憶ははっきりしていないはずであるが、多くの事件は冷静に準備され、事件後の記憶もはっきりしている。

・もともとそのような性格ではないという証言

ほとんどの場合、「おとなしく目立ない性格だった」「やさしい感じの良い人だった」などいう事件とは全く結びつかない証言が出てくる。急に性格が変わったとか悪い性癖を隠し持っていたなどということも考えられないわけでは無いが、そう解釈するにはかなり無理がある。

・多剤処方や長期連用によるものとは限らない

一時的な副作用は多剤処方や長期連用によって生じることが多いとされるが単一の薬や服用してすぐに事件を起こしている場合が少なくない。

・抗不安薬による事件

抗うつ薬による副作用については述べられているが「抗不安薬」による副作用については言及がない。しかし抗不安薬単剤での事件例が少なくない。

・感情が無い

ほとんどの事件で初めて人を殺したりしているのに動揺する様子が見られない。年齢並みの感情変化がなく、まるで幼児のような意味不明な言動、行動が見られる。



精神科治療との関連は指摘されているのにこれらの矛盾点についてはほとんど考えられて来なかったらしい。それが事件と薬の関連をかえって遠いものにしてきてしまったのではないだろうか。

一時的な症状が起きること自体を否定するつもりはないし、それによって起きる事件があることも確かだと思っている。しかしほとんどの凶悪事件には当てはまらない。
これらの矛盾は事件が一時的な副作用によるものではなく、薬によって前頭葉が萎縮することによって脳梗塞と同じ現象が引き起され「半永久的」に「感情」だけが幼児化することによって起きると仮定すればすべてが解決する。幼児化した感情が正常な記憶、知識をコントロールすることができなくなって引き起こされる事件であることはほぼ間違いない。「そんなバカなことは起きるわけが無い」医師や専門家を含め超えることができない常識の壁の向こう側に答えがある。

私の息子に間違いなく起きた副作用の記録が事件を解決する唯一のカギである。3年の詳細な記録と考察は下記をご参照いただきたい。
toshio1131.web.fc2.com


 

米コネチカット州 小学校銃乱射事件の真相

犯人は精神科の薬によって人格障害にさせられた

米コネチカット州の小学校で銃乱射事件が起き児童20人を含む26人が死亡という大惨事となった。

またしても起きた銃乱射事件。犯人は20歳の青年で人格障害があったとされる。

「人格障害」という表現が欧米でいう「サイコパス」、日本で言う「キチガイ」の犯行であると多くの人を納得させてしまうだろうが、犯人の若さ、小学校という襲撃対象、人格障害・・・これまでに起きている銃乱射事件や日本での福島母親殺害池田小事件、西鉄バスジャック事件などに類似する事件の特徴から見ると精神科の薬かドラッグによる副作用によるものとみて間違いないだろう。小学生の頃からおとなしく内向的だったが成績は優秀で高校は自宅学習だったというが問題行動は全くなかったという証言がある。突然銃乱射事件を起こす背景は無く、私が取り上げているほとんどの事件に共通するパターンである。

犯人はおとなしく人とのコミニケーションが苦手であっただけで「人格障害」が生来のものでないことは間違いない。犯人が精神科の薬、あるいはドッラグによって、知識記憶はそのまま「感情」だけが半永久的に幼児化する副作用「感情記憶の喪失」を起こしていたことはほぼ確実だろう。幼児化した感情はもともと持っている「負の性格」と「負の記憶」を制御不能にしてしまう。理性が消え去り、人の命の大切さも人生の意味も理解することが不可能になってしまうのだ。幼い子が癇癪を起こして暴れまわる、その手に銃を持たせたらどうなるか、その答えがこの事件である。
その原因は薬によって前頭葉が萎縮し神経細胞が死滅することによって起きると思われる。発症確率は510%程度と異常に高いが多くの人は副作用と気づくことなく「おかしくなった」「性格が変わった」としか感じないし、医師は副作用であることを認めることは無い。
精神科の薬やドラッグが半永久的に「人格」を奪い性格の歪んだ別人にしてしまうという事実をほとんど知る人はいない。誰もが「あり得ない、ばかばかしい」として受け入れないこの事実が多くの悲しみを生み出している。
コロンバイン高校、オーロラ市映画館など多くの銃乱射事件の犯人が精神科の治療を受けていたことは明確な事実である。彼らは生まれつきの人格障害ではなく精神科の薬で人格障害にさせられたのだ。同じパターンで起きるこれらの事件の類似性にいいかげん気が付くべきだろう。銃より先に規制しなければならないのは精神科の薬とドラッグである。「ばかばかしい、ありえない」言っている間に多くの命が犠牲になっていく。私はこの悲しみの連鎖を終わらせたい。
テレビでは精神科医がわかったようなことを言っておとなしい青年の「心の闇」を語っている。明確な副作用を患者のせいにしてはばからないような人たちに青年の心がどれだけ理解できるのか大きな疑問を感じる。

私の息子に間違いなく起きた誰も知らないこの副作用の3年の記録は下記を参照してほしい。toshio1131.web.fc2.com

PET検査ですべてが明らかになる可能性が高い

精神科薬で前頭葉の萎縮が起き感情記憶が半永久的に喪失してしまうことを証明するにはどうすればよいか。
息子の例だけでも十分だと思うがそれだけでは特異な例だと片付けられてしまう可能性もある。
この副作用はPET検査によって証明出来る可能性がある。
PET検査はブドウ糖と似た特殊な薬剤を使って脳の活動を詳細に検査することが可能でガン検査以外でも脳梗塞やアルツハイマーなどの診断に利用されている 。
家族が不可解な凶悪事件の犯人にされたら、おかしな副作用に見舞われたならこの検査を受けさえすれば精神科医の嘘を暴くことができる可能性は十分ある。
精神医療被害連絡会の中川氏によれば実際に脳梗塞が起きたことを証明した方がいるという。
ただし、症状によって微細な反応しか出ないことも考えられそれを明確に診断できる専門家が少ないというのも現状らしいので確実だというレベルには至っていないとのこと。
しかしこれまで何が起きているのか患者は知りえなかった。脳の萎縮ないし脳梗塞と同じ現象が起きていることはもう明白なのだから解明は時間の問題だ。製薬会社も精神科医ももう逃げられない。

精神医療被害連絡会HP
http://seishiniryohigai.web.fc2.com/seishiniryo/index.htm

2006年習志野両親殺害事件の真相

大阪ミナミで起きた通り魔事件、馬乗りになってメッタ刺しにする様は20065月に千葉県習志野市で22歳の次男が両親を包丁で刺し殺した事件を彷彿させる。家の外に逃げ出した両親を追いかけメッタ刺しにして殺害し、平然としばらく歩き回りジュースを飲んだりしたあと胸を刺して自殺した。精神科に通っていたということから精神的に不安定で何らかのトラブルがあったとされ幕が引かれた。

両親を馬乗りになってメッタ刺しにする狂気、息絶えたことを見届けて平然とあたりを歩き回りジュースを飲む狂気は尋常のものではない。普通の人間が両親を殺して平然としていられるはずがない。だから自殺したんだろう、といわれるだろうが自責の念を抱えて死んだ様子は窺えない。異常性格者、サイコパス・・・そう理解するしかない状況ではあるがそれが生来のものだったのだろうかという疑問が沸いてくる。

 大学に入学したものの精神的に不安定になったという理由で休学し一度は復学したものの通うことはなく退学している。「精神的に不安定」というのは対人的ストレスによってのうつ病か恐怖症のたぐいであって人を馬乗りになってメッタ刺しにする異常性格を指してはいないのが普通である。何とかしようとして精神科に連れて行き薬を処方され、別人のように性格が変わり事件を起こすのだ。半年前まで大学に通っていた人間が両親を殺しうろたえることもなく平然とジュースを飲んでいるなどということはありえない。

 一時的な症状であったのか否かは次男が自殺した今は追求しようがないが、この状況設定は寝屋川事件などと類似点が多い。この次男も薬によって前頭葉が萎縮し感情記憶が喪失し「感情」だけが幼児化したのだと思われる。幼児化した感情が彼の生活を注意する両親を許すことができなくなったのだろう。やってしまった事の重大さに気づき自責の念から自殺したとは状況的に考えにくい。「こういう状況では自殺するしかない」という「知識」に従っただけのことだろう。事の重大さを認識する事も反省する事もできない幼児にしかすぎなかったのだ。両親が実の息子に殺され、自身も22歳で自殺するという悲惨な事件は精神科の薬を飲まなければけして起こることはなかった。確かに事件を起こしたのは彼に間違いないが「同じ記憶を持った別人」「大人の知識を持った幼児」に責任能力があると言えるのだろうか。



精神科医も専門家も誰も知らない私の息子に起きたこの副作用の詳細は下記を参照してほしい

http://toshio1131.web.fc2.com/




 


 

2003年 長崎 中学生による幼児殺害事件の真相 

余りに幼稚で不可解なこの事件の真相は「感情」だけが幼児化する驚愕の副作用が原因だ

2003
7月、4歳の幼稚園児が長崎市内の大型電気店で行方不明になり、翌日午前、4km離れた同市万才町の駐車場ビル脇で全裸の遺体が見つかった事件。容疑者として補導されたのは12歳の少年だった。

いたずらをしようと駐車場に連れていった後、裸にし、性器をカッターナイフで傷つけるなどしたため幼児は泣きだすか、激しく抵抗して手に負えなくなりパニック状態に陥り屋上から投げ落としたという。

・・・

多くの人に衝撃を与えたこの不可解な事件は何なのだろう。特別支援を必要とする少年ではなく一部にはキレやすいとか乱暴だとかいう証言もあるが度を外れた範囲ではない。家庭環境も母親が過干渉だったという程度で特別悪い環境だったというほどでもない。

取り調べに対しては悪びれた様子もなく、淡々として学校や家庭、社会に対する文句や不満めいた言葉はない。涙を見せたり、落ち込んだりする様子もない。明確な後悔や反省の意思も見られない。これが初めて人を殺した中学生の態度に見えるだろうか。

この少年は精神科に通院していたという。いつどのような経緯かは情報が確認できないが、この少年もまた薬の副作用によって前頭葉が萎縮し感情記憶だけが半永久的に失われ幼児化する「感情記憶の喪失」を起こしていたことは間違いない。事件を起こしたから精神科に行ったのではなく精神科に行って薬を飲んだ後に事件を起こしているのである。根本的にここからおかしい。
他の不可解な凶悪事件と同じく

・動機があいまい

・取調は「幼い」感じがするというだけで違和感はない

・後悔や反省の気持ちがない

・せん妄、攻撃性などこれまでの副作用の概念が当てはまらない

などの特徴があてはまる。

心理学者、精神科医などが論争を繰り返した事件の真相は単純である。幼児化した感情が負の性格と誰にでもある小さな負の記憶をコントロールすることが出来なくなって起きた事件である。少年にとっては少年を殺すことは虫を殺すのと大差ない事でしかない。いたずらする理由も殺す理由も自分で理解出来る感情を持ち合わせてはいないのだ。

警察、精神鑑定をする精神科医、司法は少年に初めて出会う。薬が「同じ記憶を持った別人」を作り出すことを知らず、以前の精神状態がどのようなものであったかを知らぬ人間にとっては余りに不釣り合いな幼い感情を持っていたとしても「発達障害」「もともとそういう人間」として見ることしかできない。
少年による凶悪事件が増えた理由は社会のせいではなく精神科の薬が少年に処方されるようになったからである。そのグラフは完全に一致することは間違いない。広汎性発達障害とかアスペルガ―とかいう精神鑑定がここでも出てくるが無知な精神科医はそう診断することしかできない。

少年は矯正教育を受け成長し結婚もしたという。それが何よりこの誰も知らない「副作用」が原因だったことを証明している。

私の息子に起きたこの副作用の詳細は下記を参照してほしい

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2006年吹田市タクシー運転手殺害事件の真相

20069月大阪府吹田市で個人タクシーの運転手が殺された事件である。行方不明から一週間後にスーパー強盗で逮捕された35歳の郵便局員が犯行を自供した。動機について「タクシーを奪って、別の強盗に使うつもりだった」と供述しているという。遺体は犯人の社宅近くでコンクリートが流し込まれた形で発見された。
犯人はうつ病で精神科に通院し7月末から仕事を休んでいた。犯人を知る関係者は、一様に「あのまじめな人が…」と言葉を失ったとされる。
・・・
誰もが「あのまじめな人が…」という犯人が強盗と殺人事件を起こす。これは誰がどう考えても精神科薬の副作用である。それなのに裁判では心神耗弱すら認められなかったのはどうしてなのだろう。
「タクシーを奪って、別の強盗に使うつもりだった」という動機も、結局は途中で乗り捨て自分の車で強盗を行っていることからつじつまが合わず、殺人事態が目的だったのではないかとも言われている。強盗についても「うつ病を治すために金が欲しかった」と供述しているがその必要があったとは思えない。事件を起こす必然性も背景も何一つない。ちぐはぐな供述とあやふやな動機、衝動的なその犯行は何を意味するのか。
心神耗弱が認められなかったのは犯行時に錯乱やせん妄が認められず明確に記憶があり、犯行に至った状況も供述している。また、犯行前後に心理状態の大きな変化が認められない・・・というような理由で「これまでの抗うつ薬の副作用」では説明がつかないと判断されたからなのだろう。取り調べでの会話は多少わけのわからない部分はあっても「子供っぽい」「幼稚」ということ以外違和感が無い話は通じるから、精神異常と考えることは難しい。
これはまさしく「退行」による犯罪である。精神科の薬によって前頭葉が萎縮し、感情記憶が半永久的に失われ幼児化する「感情記憶の喪失が引き起される。幼児化した感情は正常な知識記憶をコントロールできず、理性で抑えられていた小さな欲望が具現化する。人を殺す事も自分の将来が無くなることの意味も考える感情が失われているのだ。
これまでこの空白を説明する理論は存在しなかった。似たような事例で副作用が疑われても弁護側でさえ口にすることができなかった。専門家も精神科医も認めないこの副作用が不可解な凶悪事件の原因である。私の息子に起きたこの副作用の詳細は下記を参照してほしい
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かくしてまじめな郵便局員は凶悪犯罪の犯人にされ無期懲役を言い渡され、裁判中に自殺も図っている。彼は精神科医によって同じ記憶を持った別人にされただけなのだ。無論精神科医も製薬会社も何の責任を取ることもない。
これほど明らかな副作用が認められなかったのは何故なのか?
 

脱法ハーブ、合法ドラッグの罠


感情脳を萎縮させる薬の副作用が凶悪事件を起こす


大阪の暴走事件で脱法ハーブによる錯乱状態が原因と報道されている。

脱法ハーブとは何なのか?あまりその世界に詳しいわけではないので間違いがあるかもしれないが、ハーブとは名ばかりの違法ぎりぎりの薬物である。脱法、合法ドラッグもほぼ同じものを示す。境界にある麻薬や覚醒剤といってもいいだろう。それが一般市民が買える場所やネットでも販売されその拠点は年々増えているという。薬事法では「薬」として売ることは禁止されているので別の用途として売られているが麻薬代わりに使用される。もちろん違法ではないから取り締まられる事もないが幻覚作用があるとされ、こうして危険な副作用も起きる危険性を持っているのは間違いない。

その他にも精神科の薬が処方箋無しで出回っている。流出ルートは処方された患者が横流しするものや医師が絡んでいるものもあるらしいが国や製薬会社は追及する気がないようだ。こちらは病院でもらうのと同じ安全性が高いとされるものではある。

これらのものは覚醒剤や麻薬に比べて手に入れる事が容易で安価なことから主婦や学生にまで広まっているらしい。大きな違法性が無いことから罪悪感も抱く事はないのだろう。

ストレスから逃れたい、ハイな気分を味わいたい、快楽感にひたりたい・・・安易な気持ちで手を出してしまうハーブやドラッグ、しかしそこには大変な落とし穴がある。この程度の薬では少しハイになるくらいで副作用など無いと誰もが思っているのだろうが実際には脱法ハーブでさえ「錯乱」が起きている。錯乱は「幻覚」とは違う感情脳の急激な萎縮による脳のパニックだと私は考えている。膨大な感情記憶がグチャっとつぶされショートするのだ。それがどれだけ恐ろしいことかとても想像がつかない。萎縮は数日で元に戻り錯乱自体は収まるが一度破壊された神経細胞のネットワークは元に戻らない。つまり「錯乱」の後には感情記憶が消失し「感情」だけが幼児化する「退行」が後遺症として半永久的に残る事になる。これが麻薬や覚醒剤によって脳が破壊されるという一つの現象だと思われる。まるで別人のように乱暴でわがままでおぞましい人間が出現することになる。錯乱が起きなくても脳の萎縮や退行は起きる。その確率は十数人に一人程度の高確率である。

理性が崩壊し過去の記憶の内容によっては自殺、他殺、凶悪犯罪などを引き起こす可能性が高くなる。また、幼児化した感情は子どもが育つように愛情豊かな穏やかな環境のもとで再成長しなければ歪んだ性格が形成されることになるが、多くの場合そのことに誰も気づかず社会的に疎外されて行く。その行きつく先は見えている。もちろん成分のより強力な麻薬や覚醒剤でもこの副作用が起きるのは間違いない。専門家や精神科医は認めていないが私の息子に現実に起きた副作用である。

ほとんどの不可解な凶悪事件は精神科と関係しているが例外もある。光市母子殺害事件や秋葉原事件、埼玉千葉通り魔事件などである。これらの事件は劣悪な成育環境によって形成された人格異常とされているがどうも腑に落ちない。そういう例があることを否定するつもりはないが、彼らが「羊たちの沈黙」のような異常性格者とは異なる「大きな体と知識を持った幼児」にしか私には見えない。「心の病」を持って精神科に行き、幼児化させられた多くの凶悪犯罪者と共通した特徴を持った彼らが脱法ハーブ、違法ドラッグ、合法ドラッグを手にした可能性は極めて高いと私は考えている。人格異常がいつの段階で起きたのか、生来のものなのかよく見極める必要があるのではないだろうか。

 

息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

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人造人間サイコパス


凶悪犯罪を引き起こす異常性格者「サイコパス」は精神科の薬によって造られる人造人間だ


猟奇的、残虐な犯罪を抵抗なく行い罪悪感も持つ事の無い異常性格者を「キチガイ」、日本ではまだなじみが薄いが英語では「サイコパス(精神病質者)」と呼び、動機があやふやな凶悪犯罪はこの類の人間が起こすと言われている。

日常生活が不可能なほど脳が不完全なわけではなく、一部の思考が異常な方向性を持つ。これらの思考回路は生まれつきと言うわけではなく幼児期の劣悪な家庭環境や虐待、さらに社会的な疎外感やいじめによって形成されると言われており、反社会的で人の命も自分の命も何とも思わぬ冷酷で非情な特徴を持っている。

「羊たちの沈黙」に描かれたような狂気を持った犯罪者は残念ながら間違いなく存在するが、そういった事件が最近やたらと多い気がしないだろうか。報道される機会が多くなったから、ストレスの多い複雑な社会になったから・・・本当にそれだけの理由なのだろうか。

そもそも何故生育環境が悪いことがそういう思考を持つことに繋がるのだろうか。

ある精神科医は虐待が感情の正常な発達を阻害し後天的な発達障害を作り出すと言っている。これは有名な方なので私よりはかなり信用に値する理論だろう。また、ストレスによって生成されるホルモンが感情脳の一つである「海馬」を萎縮させPTSDなどの原因になるという説もかなり一般的な理論である。

これらの話を総合すると生育時のストレスが感情脳の発達を阻害、あるいは感情脳を萎縮させることによって「人」としての感情が形成されず、疎外などに対する報復意識だけが増幅することによって生み出されるのが「サイコパス」だと私は考えている。

しかし精神科が関係している凶悪事件の犯人は精神科に通うまでは「いい人だった」「そんなことするような人じゃなかった」という証言も多い。心の病を患い精神科に行って「症状が悪化」し「キチガイ」「サイコパス」になったと精神科医は言うが中途入社の「サイコパス」は果たしてあり得るのだろうか?

サイコパスは一度のストレスで形成されるわけではなく長い期間極端なストレスが繰り返し与えられ続けることによってそのごく一部の人間に発症する。中途入社で「サイコパス」になるには幼児期から蓄積されたストレスと同じ相当量の原因が必要だという理屈になる。それが抗うつ薬、抗不安薬などの精神科の薬であって、ストレスホルモンと同じ作用を及ぼす物質を数百倍、数千倍の濃度で脳に与えるのだと私は考えている。それによって感情脳が急激に萎縮し感情記憶が半永久的に失われ幼児化が起きる。幼児化した感情が正常な一般記憶、知識、悪意を持った負の記憶と幼児化してからの疎外感やストレスなどの負の感情をコントロールすることが出来ずに「サイコパス」と化してしまうのだ。

長い歳月をかけて形成されるはずのサイコパスを促成で誕生させる精神科の薬。この事実は専門家も誰一人指摘したことがない。しかし、精神科の関係した凶悪事件を検証するとその不自然さに一定の法則があることが判ってきて、それが偶然の一致だというには余りにも無理がある。少なくともサイコパスでなかった人間が精神科の治療を受けながらサイコパスに悪化するということは絶対にあり得ない。それは同じ記憶を持った別人という薬が作りだした「人造人間」である。

息子に起きた事は事実であり、それが頻発しているのも間違いない。そしてその事実を精神科の関係する事件に当てはめるとすべてのつじつまが合うことも間違いない。


息子に起きた副作用の詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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精神科医と製薬会社の巨大な犯罪が暴かれようとしている。素人のたわごとなど信じる者などいないと侮ってはいけない。真実は必ず明らかにされる日が来る。
 

 

祇園暴走事件と大阪暴走事件の違い

人を殺す狂気と恐怖から逃げる狂気


祇園での暴走事故の記憶が新しいうちに大阪でも暴走事件が起きた。若い男がレンタカーで狭い商店街を猛スピードで走り抜けたこの事件は防犯カメラの映像が繰り返し流された。多くの人は「また暴走?似たようなキチガイの犯行だろう」と思われたろうが二つの事件は全く異なっている。

大阪の事件は脱法ハーブの作用と報道されている。麻薬の原料と似たような成分を含む植物がネットなどで裏取引されているのだ。当然のことながら人によっては幻覚などの副作用が強く現れることがある。「誰かに追われているような恐怖に襲われて逃げた」と証言していることから「せん妄」と呼ばれる半錯乱状態だった事が窺える。この状態は息子が錯乱を起こした翌日の状態とほぼ同じで、ある程度の状況判断は可能であるものの精神状態は錯乱している。暴力などふるったことのない息子がこの時母親の首を本気で締めたのだ。つまり車の運転などはある程度可能だが精神状態は「人」ではないということである。

これは一時的な症状であって薬が抜ければ収まる直接の副作用だ。この時の記憶は明確なものは残らない。私の推論ではこの症状から「感情の幼児化」に移行することになるがそれはとりあえず別の機会に触れることにしよう。
この事件の場合は「追われる恐怖」から逃れるため走ったのであって誰かを跳ねたり殺したりする事が目的ではない。従って人がいたかどうかもはっきり記憶してはいないし自分が死ぬことも目的としていない。
対して祇園の暴走事件は「誰かを殺す事」と「自分が死ぬ事」を目的とした事件である。一時的な同じ錯乱状態である可能性も捨てきれないが、急に薬の量を極端に増やしたりしない限り錯乱の起こる可能性は低い。抗てんかん薬の副作用によって感前頭葉が萎縮し幼児化した感情がそれ以前の「負の記憶」と幼児化してからの「負の感情」をコントロールする事が出来ず破滅的行動に突き進む「キチガイ」「サイコパス」が形成されてしまったと考えるべきだろう。この副作用はいつもと同じ薬を飲んでいても突然発症する可能性があり、また以前に発症していて「負の記憶」が積み重ねられて暴走に至る可能性もある。
てんかんを持っていただけ、ほんの少し心が弱いだけの人間を精神科で処方される「たった一粒の薬」が「キチガイ」「サイコパス」へ変貌させていく恐怖を誰も知らない。



息子に起きた詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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2004年ドンキホーテ放火事件の真相


ピック病が「退行」と同じ症状を示すという謎



2004年12月、当時47歳の女性がさいたま市内の量販店4店舗で計7件の放火や放火未遂を繰り返し、このうちドン・キホーテ浦和花月店が全焼し従業員3人が死亡した事件。

事件前の11月強盗容疑で逮捕されたが、精神疾患での通院歴があり簡易精神鑑定で「刑事責任能力がない」との結果が出て処分保留で釈放されている。

弁護側は「被告は犯行当時、(認知症の一種で人格変化や異常行動を特徴とする)ピック病だった可能性が強く責任能力が無いとして争ったが無期懲役が確定した。

女性は離婚した元夫の家に強引に同居していた。工場勤務や看護師の経験があり高校生と中学生の子どもがいる。会えばあいさつをする普通の人で住人とのトラブルも聞いたことがないという証言がある一方鉢植えの花をたくさん買い無料で配ろうとしたりするような奇行も見られた。

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子どももいる47歳の女性の犯罪にしては余りにも幼稚で短絡的なこの事件、強盗事件と同じように精神疾患による心神耗弱とされても不思議ではないがなぜ認められなかったのか?工場勤務や看護師をしていた彼女が以前からこのような性格だったとは考えられないし、精神科に通う以前の前科も無い。

犯行自体は覚えていない、わからないと供述しているが取調べに際して極端に異常なものが感じられなかったからなのだろう、「まるで子どものようだ」という点を除いては。

ピック病というのは脳細胞が消滅する原因不明病気なのだそうだが人格変化や異常行動を特徴とするその症状は「退行」と酷似している。私の友人もピック病と診断を受け認知症老人施設に入れられたが精神科の治療を受けた後のことである。その症状は「感情が幼児化した」という言葉がぴったり当てはまる。これは何を意味しているのだろうか?ずっと一人で介護していた認知症の両親が相次いで亡くなり、身寄りのない一人の寂しさから心を病み餓し死寸前の所を発見された。余命も短いと言われたが身体的には回復の方向にある。ピック病ではなく精神科薬による副作用「退行」と考えた方がつじつまがあう。もちろん私の言う事など信じてもらえないだろうし何の責任も取れないからどうすることもできないが。
女性は精神科の薬によって同じ知識と記憶を持った幼児にさせられたのだ。おそらく異常なわがままと理解不能で短絡的な行動が原因で離婚することになったのか、離婚が原因でうつの症状が出て精神科に行ったのだろう。
動機があやふやで短絡的、取調時には「子どもじみている」点を除いては大きな違和感はない。そんなことを起こすような人ではなかった・・・。感情の幼児化による犯罪の特徴が揃っている。もちろんこれまでの副作用の考え方やアクチベーションシンドロームでは説明することは不可能である。幼児化によって善悪の判断が出来なくなり、負の記憶や短絡的な感情の暴走を止める事ができなくなってしまったのだ。
三人の若い従業員を焼死させたこの大きな事件が間違いなく精神科薬による副作用前頭葉の萎縮による感情記憶の喪失によるものであったことを知る者はいない。彼女一人の責任にされ製薬会社も精神科医も全く責任を追及される事は無い。

息子に起きた詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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不可解な凶悪事件 不都合な真実

不可解な凶悪事件の原因が誰も知らない精神科薬の副作用 「退行」によるものであることが証明されると都合の悪い方がたくさんいる


精神科の絡む凶悪事件の原因が感情脳の萎縮によって感情記憶が半永久的に消失し幼児化する「非可逆的退行」であることはこのブログやホームページを読んでいただけた方にはほぼ納得いただけた事と思う。

それではこの副作用があなたに起こる事を想定してみよう。一粒の薬を飲んで明日になれば自我が失われ幼児化した自分が存在し、その事に自分では全く気がつかない・・・。

「そんなことあるわけがない」と笑って否定されることだろう。

そう、私の文をよく読まれた方でも自分の目の前で起きなければ信じることなどできないのだ。気の遠くなるような時間を積み重ねて作り上げられた自分という感情がたった一粒の薬で消滅してしまうことを想像できる人などいない。言ってみれば「自分」が死ぬということ、明日の自分は同じ記憶を持った全くの別人であるということだ。想像しろと言う方に無理がある。

誰にでも起こりうるのに自分に起こる事が想像できないという感覚、想像力の欠如が真実を追求することを阻んできた最大の要因だと私は思っている。この感覚は知識階級になればなるほどその傾向が強くなる。つまり医師、専門家、警察、司法、弁護士、ジャーナリストといった知識階級の人種はもともとこの副作用を認める能力が欠落していると思われるのだ。目の前の事実から目をそむけ「あり得ない」としか考えられない貧弱な思考能力と「心の病」を持った人間を見下す差別意識が真実を埋もれさせてしまうのではないか。

 

そして、この真実が明らかにされれば困る方々が大勢いるというのも現実である。この副作用の存在が明らかにされれば犯罪史を塗り替え精神科医療を根底から覆すとんでもない騒動になる。

そうなると一番困るのは製薬会社と精神科医である。世界規模で天文学的数字の損失が出ることになり、事件の被害者や加害者から損害賠償訴訟が起きる。自業自得だがそうは考えないのがこの業界の人間だ。あの手この手の汚いやり方でも事実をもみ消そうとするだろう。原発の構図と良く似ているがそれよりも遥かに組織は大きい。

困る方はまだまだいる。警察、司法、国、謝罪する事を最も不得意とする方々が自分たちは間違っていたと認めなければならないのだから大変だ。すでに死刑で殺してしまった犯人もいるというのにである。

マスコミ、ジャーナリスト、専門家も困ったことになる。これまで不可解な事件についてたくさんの報道がなされ多くの出版物が刊行されている。それらがすべて「間違い」「インチキ」であることを認めなければならないのだから権威が失墜することは目に見えている。

しかもその事実を指摘したのが専門家でも大学教授でもなく大学さえ出ていない「父親」という肩書しかも持たない一般人だということになったらバツが悪い事この上ない。

お分かりいただけるだろうがこの真実が明らかになると都合が悪い人種がこの国、いや世界中を動かしているのだ。よってこの真実は明らかにされることは無いと思うべきだろう。

せめて一人でも多くの人に真実を知らせたいと願って今日も無駄な努力を続けているバカな父親がここにいることを覚えておいてほしい。

 

息子に起きた詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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2006年 川崎マンション子ども投げ落とし事件の真相

子煩悩な父親が起こした事件は感情の幼児化による典型的な犯罪

2006年3月に川崎市のマンションで小学3年生を15階から投げ落とした事件。
事件の9日後に同じ15階で清掃作業員の女性を投げ落とそうとし事件があり、出頭した41歳の男が逮捕された。妻子もある子煩悩だったはずの父親がなぜ事件を起こしたのか注目を集めた。リストラ?されたことによるストレスや借金が原因とも言われたが「最上階の15階から人を落とせば殺せると思って行った」という動機は極めて不可解だ。

この父親は幾度も自殺未遂を繰り返し「うつ病」と診断され精神科に前年11月から3月初めまで入院し、その後は別の病院に通院している。動機に不明な点があるものの供述や態度はしっかりしており、責任能力は問えると判断された。

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この犯行も感情の幼児化による典型的な症状である。あいまいな動機、せん妄や錯乱状態、顕著な攻撃性は見られない。冷静に犯行を行い供述や態度はしっかりしているから心神耗弱も疑われることが無い。当然のことながら副作用を疑うものはいない。
しかし若年者や独身の変質者というならともかく41才という年齢、妻子もある男性がうつ病やストレスがあったとしても家族を地獄の底へ突き落としてしまうような犯罪を行う理由があるとは思えない。以前から性格が悪かったという事実も無ければもちろん前科も無い。このような事件を起こすにはあまりにも唐突である。
この犯行が前頭葉の萎縮により感情記憶が失われた「感情の幼児化」によるものであることを知る者はいない。一般記憶や知識は「考えたこと」「思い描いたこと」まではっきり記憶しているのに感情だけが幼児化し負の記憶をコントロールすることが出来なくなって起きた事件である。家族のことを考えたらそんなばかなことは出来ないという理性が消失してしまうのだ。
かくして全く無関係の子どもが犠牲になり、子煩悩ないいお父さんは殺人犯にされ家族は絶望の淵をさまよう。こんなことが許されていいのだろうか。精神科にさえ行かなければこのお父さんが自殺しただけで済んだかもしれないのに。

さまざまな専門家が社会問題や心の闇を声高に説かなければ説明のつかなかったこの事件の真相は余りにも単純なものである。これまでの副作用の考え方では全く説明のつかない精神科の絡む不可解な事件はほぼ100%「感情の幼児化」によるものだ。すべてのつじつまがあうことがどの事件を調べてもわかってくる。精神科医も専門家も誰も認めなくてもこれが真実であることはもはや明らかである。

息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

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うつ病を治すのか凶悪犯罪をなくすのか

何の罪もない一般市民を巻き込む凶悪犯罪の大半が精神科薬の副作用によるもの 多くの命を犠牲にしてまでうつ病を治す必要があるのか?


うつ病の治癒率は10%程度だと言われている。つまり患者10人のうち回復するのは一人だけということだ。その他の人は治らなかったりかえって悪化したりしていることになる。これは私の推計でしかないが精神科の治療によって悪化したり副作用が出たりする確率は10%を超えていると思っている。つまり良くなっている人よりも悪くなっている人が多いということである。こんな医療に意味があるのだろうか?

患者や家族にとってはうつ病は深刻だとは思う。何とか治して社会復帰したい、させたいと願っている方にとってはたとえ10%の確率でもと思うのは当然だろう。

しかしうつ病の方が治らなくてもそれは家族だけの問題で終わる。たとえどんなにつらくても自殺しても家族の問題から拡大する事はない。しかし副作用によって引き起こされる凶悪犯罪は何の関係もない不特定多数の人が犠牲になり、犯行を行った者は凶悪犯罪者にされる。二者択一の問題だとしたらあなたはどちらを選択するだろう。

数多くの精神科治療が関わる不可解な凶悪事件を検証し、そのほとんどが誰も知らない副作用「退行」によって引き起こされていることが明確になった。薬が感情脳を萎縮させ一般記憶はそのままに感情記憶のみを消滅させ幼児化させる驚愕の副作用である。この副作用は十数人に一人程度の高確率で発症するがこれまで誰もその存在を認めず研究された事さえ無い。

もちろんこの副作用を起こした人がすべて凶悪犯罪を犯すわけではない。多くは「別人のようになった」「性格が変わった」とされる程度にしか認識されず、「雅子様」もこの症状なのだろうと私は思っている。

負の性格や負の記憶を持った一部の人が凶悪犯罪に繋がって行くのだが今の所この副作用を認める専門家は皆無である。誰も知らずに精神科の薬で凶悪犯罪が起こり多くの罪の無い人々が犠牲になって行く。この現実の中で10%の治療効果が果たして意味のあることなのだろうか?治療効果をはるかに超える弊害が世界中に不安をまき散らしていると言うのに。


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秋葉原連続通り魔事件 祇園に続く事件の謎

4・5カ月の赤ん坊から成長していない25歳は何が原因で生まれたのか

京都祇園で起きた暴走事件は20086月に起きた秋葉原無差別殺傷事件を思い起こさせる。

25歳の男が歩行者天国で賑う秋葉原の通りにトラックで人を跳ねながら突っ込み、トラックから降りてナイフで手当たり次第に通行人を刺した事件である。7人が死亡、10人が負傷、その悲惨な状況がテレビで流され日本中を震撼させた事件である。

男は小さな頃から厳格な母親によって虐待とも言えるような厳しいしつけを受けた。中学までは成績も良くスポーツも万能だったが高校に入学してからは成績が振るわず、母親の期待に応えられないストレスからか家庭内暴力や校内暴力が目立つようになる。

高校卒業後なぜか自動車短大に進み、警備会社の派遣社員を経て自動車関係の会社に派遣社員として就職するが一年で無断欠勤し連絡が取れなくなった。その後工場や運送会社などで働くものの続きせず無断欠勤などを繰り返している。200711月からは自動車関連工場へ派遣社員として働き始めたが翌年6月作業服が見当たらないと腹を立てて出て行った。翌日レンタカーを借りナイフを購入して事件へと向かう。

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幼少期からの厳しいしつけと母親との確執が歪んだ感情を育て、思うように行かない人生と人間関係が社会に対する憎悪を生み犯行に至った・・・多くの有名大学教授や心理学者がそう分析したこの事件、本当にそうなのだろうか。

予め断わっておくがこの事件に関しては薬の副作用であることを断定できる材料がそろっていない。しかし事件前後の犯人の思考、行動はある心理学者が「4・5カ月の赤ん坊から成長していない」という程度の感情でしかない。家庭環境が悪い影響を与えて感情の発達が遅れていたとしても、中学までは成績も良くスポーツも万能だった25歳が赤ん坊程度というのはやはり不自然ではないか。

とはいえ精神科に通院していたという報道は無く、大きく性格が変わった時期も入手できる情報では特定できない。睡眠薬や薬物の可能性がないわけではないがこの事件はストレスによって起きたものと考えざるを得ない。つまりストレスは抗不安薬や抗うつ薬と同じ作用を起こすということになる。そう考えればすべてのつじつまが合うことになる。
ストレスとストレスをなくす筈の薬が同じ症状を起こす?この謎を考えていきたい。

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祇園暴走事件 血液検査では何もわからない


血中濃度でわかる薬の直接の副作用で凶悪事件は起きない

祇園の暴走事件で男性が11種類の薬を常用していたことが報道されている。警察は薬の血中濃度を調べるらしい。服用していた薬はほとんどが精神科特有の薬だから興奮、せん妄、焦燥、攻撃性が増すなどの副作用があることは間違いない。動機が特定できないことからこれらの副作用による心神耗弱の可能性も視野に入れるつもりなのだろう。秋葉原事件とは違って今のところ計画性は確認できず直接繋がる原因も特定されていない。

「薬の直接の副作用では不特定多数を標的にする凶悪事件は起きない」というのがこれまでの事件解析の結果私が出した結論である。凶悪事件の根本原因は感情脳の萎縮によって感情記憶が半永久的に消失する「非可逆性退行」が原因だ。高頻度で発症するこの副作用を精神科医も専門家も認めようとせず研究しようともしない。

週刊誌ではお得意の「過去暴き」が始まった。「品行方正で悪意など一度も持った事が無かったのであろう」素晴らしい記者が重箱の隅をつついて事件と結び付けようとする醜悪な個人攻撃である。この事件には「巨大な悪」が隠れているのに疑いを持とうとさえしない最低のジャーナリストしかこの国にはいないのだろうか。

調べなければならないのは血液ではなく脳だ。感情脳に脳梗塞と同じ何らかの痕跡があるはず。それが調べられる方法があるかどうか今の段階ではわからないが抗うつ薬の副作用ではPET検査で脳梗塞の痕跡を証明した方がいるらしい。いずれにしても息子に起きた副作用は紛れもない事実である。


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祇園暴走事件 噛みあわない証言の謎 誰も知らない抗てんかん薬の副作用

抗てんかん薬=抗不安薬=前頭葉の萎縮→感情の幼児化→「負の記憶」の暴走



4月12日京都市祇園で軽ワゴン車が暴走し、歩行者7人が死亡、30歳の男性運転手も死亡した事故。当初はてんかんの発作ではないかと言われたが、電柱に激突して停止するまでアクセルを踏んだりハンドルを操作できる意識状態で暴走した可能性があるとみられている。故意だとすれば秋葉原事件を彷彿させるような事件だが、運転していた男の姉は「優しい子で故意に人をはねたりするようなことは考えられない」と証言しているし、もちろん性格が悪かったという悪評も前科も今のところない。テレビではいかにも不良そうな茶髪の写真を見つけてもともとアブナイ人間だった事を印象付けようとしているが騙されてはいけない。状況と証言が結び付かないこの事件の真相はどこにあるのだろうか。

キーワードは「てんかん」である。てんかんの発作ではなかったと言われているではないかと思われるだろうが重要なカギは「薬」である。抗てんかん薬は抗不安薬でもあり、息子が飲んだのも抗不安薬としての抗てんかん薬なのだ。薬さえ飲んでいれば安心というわけにはいかない。

つまり抗てんかん薬は息子と同じ感情記憶を消去し感情だけを半永久的に幼児化してしまう「感情記憶の喪失」を発症する可能性が極めて高いのである。彼はすでに同じ記憶を持った自己中心的でキレやすく性格の悪い別人になっていたのだ。幼児化した感情が正常な知識や一般記憶をコントロールする事が出来ず、仕事上で注意されたり、面白くないことがあったりしたことがきっかけとなって被害妄想のような「負の記憶」が暴走してしまったのだろう。

以前に触れているが他にも1999年に山口県下関市、2010年に広島市でも暴走事件は起きている。 



この副作用は劇的な効能を持つわけでもないたった一粒の抗てんかん薬、抗不安薬、抗うつ薬をはじめ、覚醒剤、麻薬、違法ドラッグなどでも5~10%程度の高確率で発症する。しかしこの事件も動機が不明なまま「キチガイ」が起こした事件として葬り去られて行く。家族だけが違和感を持ちながら人目を避けて生きて行く事を強いられる。
いったいどれだけの罪の無い人を犠牲にしたらこの副作用は認められるのだろう。精神科医も専門家も副作用説を唱える識者も誰一人気付かなかった驚愕の副作用が全ての不可解な凶悪事件の原因なのだ。
私が嘘を言っていない事は副作用の症例と凶悪事件の詳細を検証すれば誰にでもわかるはずだ。マスコミやジャーナリストにいくら訴えてもその事を調べようともしない。専門家が誰一人認めなくてもこれほどすべてのつじつまが合う理論は他には存在しない。それは間違いなく私の息子に起きたのだ。
真実はここに明らかになっている。ジャーナリストよ、いい加減疑問を持て!



息子に起きた副作用の詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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2005年 京都 宇治 塾講師による女児殺害事件の謎

「心は5歳、脳と体は23歳」これは抗うつ薬によって作られたモンスターだ


2005
年12月に起きた現役大学生塾講師が小学六年の女児を包丁で刺殺した事件である。

女児の母親が塾に講師との関係が上手く行っていないと繰り返し相談した結果、犯人の講師が担当する国語の授業を受講させないことになったため、講師は女児に対して逆恨みの感情を抱くようになった。

犯行当日、講師は模擬試験の監督を外されていたが、包丁とハンマーを用意したうえで出勤し、模擬試験を受けに来た児童に「別室で国語のアンケートを取りたい」と言って退室を命じ、国語の授業を受けていない被害女児と2人になったところを包丁で刺殺。犯行後、警察に電話で自供し、駆け付けた警察官に現行犯で逮捕された。

大学内で窃盗行為を繰り返し他の学生の財布を盗み、窃盗と傷害罪で有罪判決を受けた前科があり、停学処分中であった。

講師は幼少期に厳格な環境で育ち、菓子やテレビゲームを与えられず、男女交際を禁止されていたと言われ、その結果学業こそ優秀であったが、思春期以降に反動により親に対して家庭内暴力を振るうなど横暴な性格を見せ、コミュニケーション能力に乏しい傾向があったとみられる。精神科医は「(被告は)アスペルガー症候群で、犯行当時は反応性幻覚妄想障害に陥り、剣を持った被害者の像などの幻視があった」と証言。「生徒としての被害者に腹を立てただけでなく、幻覚に影響されたからこそ犯行に至った」と述べた。公判中の際にも突然、大声で「僕を殺してくれ!助けてくれ!」などとわめき出すなど、奇妙な言動が目立っていた。2007年懲役18年の判決を受けた。2009年控訴審の判決では、被告の心神耗弱状態を認定し懲役15年が言い渡された。

・・・

この事件は謎に満ちている。犯人は「(女児が)この世からいなくならなければ、生きていけないと思った」「このままでは塾での立場を失い、就職の道が閉ざされると思った」などと供述していたというが、実際の殺害の方法と動機がまるで結びつかないのだ。

犯人は23歳の大学生である。自分を避けようとする女児に憎しみの感情を抱くとういうのはまあ百歩譲ってあったとしても殺意まで抱くかというのがまず疑問である。殺害に及んで発覚すれば将来が無くなることは明白である。さらに千歩譲って殺意があったとしても自らの犯行が露見しないように隠蔽を図るのが当然だろう。相手は小学生である。連れさったり殺そうと思えば方法はいくらでもあるし、証拠を極力残らないように配慮することも難しい事ではない。しかし彼は白昼堂々と、塾の教室で包丁を使って女児を殺害し、血まみれになりながら自ら警察に通報している。反応性幻覚妄想障害による犯行だというが事前に凶器を準備し計画的に犯行を行っているようにも思われるのはどうしてなのだろう。

ある精神科医は雑誌にに載せた「5歳になったピーターパン」という記事で「心は5歳、脳と体は23歳」と表現している。これは「感情の幼児化」の特徴そのもので、はっきり言うと5歳以下である。犯人は抗うつ薬フルボキサミン(商品名ルボックス、デプロメール)を服用していた。この薬の副作用により前頭葉が萎縮、感情記憶が消失し幼児か赤ん坊の状態にさせられたのだ。
錯乱、顕著な攻撃性というようなこれまで言われている抗うつ薬の副作用は当てはまらない。薬を止めているはずの公判中にも精神状態は変わらないから一時的な症状ではない。
すべての謎が「心は5歳、脳と体は23歳」という言葉で解けるのだ。精神科医はここまで気づいているのにそれが「自分たちが処方した」薬で起きているということを知らない。
幼児化した感情は幼児性愛を生み出す。小学生の女児に思いを寄せたのもそこからのものなのだろう。 


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2011年 埼玉・千葉連続通り魔事件は明確な違法ドラッグの副作用では?


昨年末、埼玉県と千葉県で相次いだ刃物による連続通り魔事件で、埼玉県の通信制高校二年で16歳の男子生徒が逮捕された。

近所の人が中学までは真面目でそんなことする子じゃなかったと口々に証言するほど普通の子だった。高校に入って性格が一変し動物虐待やナイフを集めだすような異常行動を見せ始め退学させられた。部屋からは30本のナイフが見つかったという。

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この生徒が精神科に通っていたという報道はない。しかしこの少年がいわゆる「違法(合法、脱法)ドラッグ」を口にした可能性は極めて高い。その理由は性格が大きく変わった時期が特定されている事、その変りようが異様であることである。

そこに大きく継続的なストレスがあったのなら話は別だが、確かに多感な時期ではあってもある日突然性格が大きく変わる事はあり得ない。同級生たちの証言では一年前の十月頃から様子がおかしくなって高校を退学させられたという。その変りようは「不良」になったのではなく「ぞっとするような」性格になったというのだ。動物虐待を繰り返し、それを同級生たちにわざと見せつけるような行為を繰り返した。刃物や武器に異常な執着を示すようになりほとんどの同級生から距離を置かれるようになる。多感な思春期の只中で精神的な成長が反抗的な性格や非行といった形で表現されるようになることは珍しい事ではない。しかしこの少年の変わりようは異様で成長ではなく明らかに後退である。酒鬼薔薇事件を彷彿させるような不気味な変化は親との確執や性格によって説明しきれるものではなく「キチガイ」になったとしか思えない。このような精神構造はアメリカで起きた高校での銃乱射事件の犯人とも共通するものである。精神科医や「専門家」は家庭や学校、社会のストレスが生み出した化け物とし「少年の心の闇」というまとめ方をするが本当にそうなのだろうか。

通り魔事件まで起こして逮捕されても反省する気持ちさえ見せないこの種の犯人の特徴は「感情の幼児化」を起こしたものに共通するものである。劇的な効能を持つわけでもない一粒の薬が前頭葉を萎縮させ感情記憶が消去され半永久的に幼児化する。覚醒剤、麻薬はもちろん違法ドラッグも精神科薬と似たような成分を含んでいて同じような確率でこの症状が起きる事は間違いない。どれだけ青少年にまん延しているかを考えたらまさに凶悪犯罪製造マシンと言っていいだろう。覚醒剤、麻薬の場合は後遺症があって当たり前という前提があるが違法ドラッグの場合誰もそんな重篤な副作用が出るとは誰も思っていない。警察も本人もその事が重要な意味を持つことを考えつかないし、薬を飲んだ直前の記憶は消えてしまう可能性も高く服用した事実を確かめることすら難しい事も考えられる。

もちろん薬の作用が無くてもこのような事件が起きる事を否定するつもりはない。しかしある日を境に大きく異様に性格が変わったという事実があれば精神科の薬か違法ドラッグによるものと思って間違いない。

 


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発達障害児のご両親へ 薬で発達障害は治りません

精神科は危険です 恐ろしい副作用が高確率で発症します


発達障害のお子さんをお持ちのご両親へお願いします。

どうか叱らないでください。

子どもたちには何の罪も無いのです。叱ることは何の意味を持たないばかりか、取り返しのつかない精神障害に繋がる可能性があります。私のような間違いを絶対にしないでください。

きっとお子さんは何らかの素晴らしい能力を持っています。アインシュタインもピカソもテグジュベリもトムクルーズも、みんな発達障害だったといわれています。

学校に行くのが辛かったら、行かなくてもいいと言ってあげてください。必ず道はあります。

安易に薬による治療を選択することは避けてください。大丈夫ですから、きっと大丈夫ですから、十分に配慮して見守ってあげてください。

教師の言う事も医者の言う事もけして信じないでください。発達障害や不登校が薬で治る事はありません。この二つの先生という職業は何が起こっても責任を取る事の無い生き物の集団です。

どうしても薬を使う場合には、取り返しのつかない副作用の起きるリスクと治るかも知れない可能性とどちらが高いかよく考えて判断して下さい。副作用の発症率は製薬会社が言うよりもはるかに高く、治る確率は製薬会社が言うよりもはるかに低いのです。息子の事例以外にもたくさんの副作用の例があります。


精神科の薬を飲んでそれ以前とは異なる、異常な興奮やわがまま、放歌、だっこおんぶの要求、かみつき、暴力、言葉遣いが悪くなる、金遣いが荒くなる、食べたい物を食べたいだけ食べる、反応や遊びの幼年化などの症状が出て、一週間以上そのまま続くようなら間違いなく感情記憶の喪失「退行」です。お子さんの年齢、薬によって症状は多少違う可能性があります。錯乱が起きればほぼ確実に解離性障害と赤ん坊までの退行が起きます。

副作用欄には「退行」はありません。この症状を「退行」と診断できる医師はほとんどいません。

薬の服用はすぐに中止してください。

この副作用が起きたら全て諦めるしかありません。二度と元に戻ることは無いと思ってください。何も期待せず、ありのままを受け入れてもう一度一から育てるしかありません。

年齢並みに出来ないことに落胆したり、怒ったり、性格が変わったなどと悲しんではいけません。ただ長い時間を必死に笑顔を作って待ってあげること、それだけが必要です。

愛された、幸せだった、という感情の記憶は消えています。その悲しみに耐えてください。耐えてもう一度愛情を与えてください。

けして無理をさせないで下さい。私は年齢並みの場所に何とかして繋ぎ止めようとして随分無理をさせてしまいました。学校も勉強も諦めるしかありません。赤ん坊が学校に行くのは無理なのですから仕方ありません。

慣れるまでは戸惑うことばかりだと思います。正常な知識・一般記憶や大きな体と幼い感情のアンバランスが生じさせる、理解できないような行動への対応はとても大変です。傷ついた脳が正常に戻るまではとても長い時間がかかります。でも必ず成長することを信じて抱きしめてあげてください。

医者も製薬会社も国も、誰も助けてはくれません。誰に話しても信じてはもらえません。つらくてつらくて死んでしまいたくなるでしょう。でもいつか必ず微笑を返してくれる日が来ます。信じて生きていってください。

年齢が上がるに従って事件に繋がる可能性が高くなります。注意して見守ってください。刃物や武器に興味を持ち、異常な言動や行動が見られたら一人で行動させることはなるべく避け、止むを得ない場合は警察に相談して下さい。ただし副作用であることを訴えても信じてはもらえませんので別のアプローチを考えなければなりません。

もし事件に関わることになってしまったらどんなに信じてもらえなくても副作用である事を訴えてください。お子さんに罪はありません。お子さんが愛情の中で成長し、罪の無い事を理解して生きていける環境をできるだけ作ってあげてください。お子さんを信じ愛してあげられるのはご両親だけです。いつか必ず真実が証明される日が来ます。


息子に起きた副作用の詳細な記録と考察は下記を参照して下さい。

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コロンバイン高校銃乱射事件の知られざる真相

犯人エリックは抗うつ薬が作りだしたサイコパスだ


 1999年に米のコロンバイン高校で起きた事件で教師1名を含む13名が死亡、24名が重軽傷を負った当時史上最悪の銃乱射事件である。

 犯人はエリックとディランというこの学校の二人の生徒だった。二人は手製の爆弾を数ヶ所に設置し爆発の混乱に乗じ銃乱射を行う計画だったが爆弾が不発に終わり銃を乱射して最後は自殺した。

 主犯はエリックで計画作成や爆弾制作や銃の購入などのほとんどを行い、死傷者のほとんどがエリックの銃によるものだった。ディランは死に場所を求めて追随した程度でためらいがあり銃もあまり発砲した形跡が無い。二人は学校内でいじめを受けており復讐心を抱いての犯行だと言われている。

 エリックは白人中流家庭で不自由なく育ったが、気が小さく体格も貧弱でいじめの対象になっていたようだ。その反動からか素行が悪く、度を過ぎたいたずらや小さな事件を度々起こし悪評が高かった。いつ頃かははっきりしないが抗うつ薬を常用していた。

 ディランは小学校の時には優秀な成績だったが、おとなしく内向的な性格から次第に孤立しいじめの対象となったと言われている。エリックと違い悪評は少ない。

 事件の一年前車上荒らしを行いエリック、ディランを含む数人が逮捕され更生教育プログラムの対象となった。この頃から復讐の計画を立てていたとされる。



 エリックは米でサイコパスと呼ばれる猟奇的で残虐な事件を笑いを浮かべながら実行するような性格異常者だったとされる。確かにそうでもなければ高校生がいくらいじめを受けていたとはいえこれほどの事件を起こす理由にはならないだろが、本当に高校生のサイコパスが存在するのだろうか?

 エリックは抗うつ薬を常用していた。一年前の車上荒らしの更生プログラムの中で精神科の医師に薬の効きが悪い事を訴えそれまでの抗うつ薬から「ルボックス」という薬に変えた。その直後から彼は復讐の計画を立て始める。逮捕された逆恨みからだと言われているが果たしてそうなのだろうか。

 ルボックスには興奮、せん妄、攻撃性が増すなどの副作用があるとされ、事件との関連も取りざたされ一時販売中止に追い込まれた。しかし副作用説は立証されずルボックスもやがて復活する。

 訴訟社会の米でも立証されなかったルボックスの副作用、そこには日本の事件と同じ「明確な副作用が見られたとは言えない」という壁が立ちはだかっている。

 主な理由は次のようなものだろう

・顕著なせん妄や攻撃性が増すという症状があったのか

これについては以前からの素行の悪さがアダとなって多少のことは目立たなかったという可能性もあるが、親がその異常さに気付くような症状は出ていなかったのだと思われる。

・その副作用は短期的なものだったのか

薬を止める必要があると思われる症状はなく、短期的な症状は表れていないと考えるべきだろう

・日常的に異常な状態があったのか

学校には通っていて、同級生からもけして好まれない性格ではあったとしても精神異常とまでは言えない状態だった。しかし一方では親や同級生に悟られず密かに爆弾の製造や実験を繰り返していた。



 このようなことから副作用によるものではなく「異常性格」による犯行とされてしまったのだろう。もし犯人が自殺しなければ薬を止めた事による経緯も観察されることになったろうが、それでも大きく性格や精神状態が変わる事はなく副作用ではなかったとされただろう。これまで言われている副作用は「当てはまらない」のである。日本での凶悪事件の多くもこの例に含まれる。



 けれども私は断言する。極端な犯罪的家庭環境でも無い限り高校生の「サイコパス」は存在しない。エリックの家庭にその傾向は見られない。エリックはルボックスの副作用によって「サイコパス」にされたのだ。これまで言われている副作用とは全く異なる半永久的に「同じ記憶を持った幼児」という「別人」をつくりだす副作用が抗うつ薬、抗不安薬を始めとする精神科薬で高頻度に起きている。人の感情を計るものさしがないのをいいことに精神科医も製薬会社もけして認めようとしない信じがたい副作用が存在するのだ。薬を飲みながらこの犯罪が起きたのだから「副作用ではない」と主張するなら何の治療効果もない「インチキ薬」だということが証明されたことになる。
 薬は脳の中心部にある感情脳を萎縮させ感情記憶を破壊し、知識や一般記憶はそのままに「感情」だけが幼児化する。幼児化した「感情が」負の性格と負の記憶をコントロールする事が出来ずに凶悪事件は起こる。

 不幸な事にこの副作用が事件に繋がるためには負の性格と負の記憶が必要である。「素行」の良くなかった人間、憎しみや復讐を想起したことのある人間が起こすことになる。したがって以前から性格が悪かった、いじめられていたというような「原因説」を生む結果になってしまうのだ。

 副作用は該当しないが副作用でなかったと断言するにも疑問が残るという事件はすべてこの副作用によるものである。真相は誰にも気づかぬまま、あなたやあなたの家族が犠牲になって行く。



息子に起きた詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 


 


 


 


 

息子に何が起きたのか

息子に何が起きたのか 驚愕の副作用との出会い

 

小学校六年の息子はもともと軽度の発達障害を持っていた。言うことが聞けない、みんなと同じことができない、落ち着きが無いなどのことから同級生から仲間外れにされ、教師からは精神的虐待を受け、父親から強く叱責されることによって追い詰められ卒業間際にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する。叱られたり強いストレスがかかると失神やフラッシュバック発作を繰り返すようになった。精神科に行き抗不安薬セレニカを処方された。何の知識もなかったその頃の私は大して疑問を感じる事もなく服用させた。

翌日目を覚ますと大きな声で鼻歌を歌い始め、言葉使いが乱暴になった。どうしたのだろうと思っているうちに友達の家に送って行けという。天気もいいので自転車で行きなさいとと言うと「でも撲、転ぶよ」と言い始めた。その言動のあまりの不可解さに副作用を疑った。さらに、わがままが強くなり、食べたいものを食べたいだけ食べ、コンビニやスーパーではいくらだめだと言ってもたくさんの商品をかごに入れるようになり、叱ると発作を起こした。テレビゲームに異常興奮しうまくいかないと「コンピューターが壊れてるコントローラーを放り投げた。医者は副作用かもしれないというのでとりあえず薬は止めたが3週間経っても一向に回復しなかった。その後はいくら訴えてもそんなに長い副作用はあり得ないという一点張りだった。写真を撮ってみると以前とは明らかに表情が違う事に気付いた。家族以外はけして気づくことのない変化だがどう考えても今までとは違う別人のようだった。異常な状態ではあったがこの時点ではまだかろうじて家庭生活も成り立ち、学校に行く事も可能だった。

その後もPTSDの発作は頻繁に起き続いた。どうすべきなのかかなり迷ったが素人にはどうする事も出来ない。結局は医者の言うまま別の抗不安薬リボトリールを服用させた。帰り道で車の窓ガラスに頭をぶつけ始め、帰宅すると激しい錯乱状態となった。叫び、暴れ、暴力をふるう、その身の毛のよだつような恐ろしさに血の気を失った。翌日はやや落ち着いたものの半錯乱状態は続き病院に連れて行こうとすると抵抗して暴れ、母親の首を本気で締めようとした。車を止めてあわてて引き離したが母親一人だったら、息子が高校生だったらと思うとぞっとした。目を吊り上げ不気味な笑いを浮かべて走行中のドアを開けようとしたりする息子の姿は以前の姿から想像することなど不可能なおぞましいものだった。薬のせいだとは思いながらも親が絶対見てはいけない子どもの姿を見た衝撃はあまりにも大きかった。確かに翌日には錯乱状態は落ち着きを見せたが、以前の薬の副作用がさらにひどくなったような状態は長く収まらず、それどころか時々下あごを突きだしうすら笑いを浮かべて発作的に暴力をふるうようになった。その時はいくら声をかけても聞こえないような、気が狂ったような、意識がまるでないような不気味な姿を見せるようになった。医者にいくら説明しても副作用ではないというだけだった。

私たちは仕事を放り出し必死になって何件もの精神科を訪ねた。しかし副作用ではない、家庭内暴力なのではというような的外れのことを言われ続けた。興奮した時に呼吸が止まるような症状も出て恐ろしくなって救急車を呼んだが病院に着く頃には収まって相手にさえしてもらえなかった。

ある病院の脳波検査で「赤ん坊の脳波が出ている、医大で精密検査をするように」と言われた。わけのわからぬまま医大に予約をとってみたが検査の予約をするだけで一週間もかかってしまう状態だった。一通りの検査をした結果医師の出した結論は解離性同一障害(多重人格)と感情だけが赤ん坊に戻ってしまうという「退行」だった。呼吸が止まるのは憤怒失神と言う赤ん坊の病気だという。私は初めその診断を信じることはできなかった。「違う、そんな病気ではなく副作用だ」と何度叫んだことだろう。

しかし症状はすべて一致した。息子は12歳の記憶を持つ赤ん坊になり、時折恐ろしい妖怪のような別人になった。日常生活でそれまで出来ていたさまざまなことが出来なくなり、遊びや行動が幼児化する。体の大きい中学生を相手に、もう一度幼児期を繰り返さなければならない。我が目を疑うそれらの症状は想像を超えて過酷で悲惨なものである。当然学校には行けなくなり引きこもりの状態となって行き、赤ん坊が育つように感情が成長するのを待つ以外に何の治療方法もない。

妻はそれ以前から仕事と家庭のストレスでうつ病を発症していて、息子の発病とともに悪化の一途をたどり異常行動や自殺未遂を繰り返すようになった。一家心中と背中合わせの誰も助けてくれない絶望の中で、喪失感と深い悲しみ、自ら原因を作った自責の思いを抱えながらの3年に渡る闘いの日々が始まった。

私は3年の間症状と回復の過程を記録に取り続けた。初めは患者の言う事をろくに聞こうとともしない医者に説明する為だったが、次から次に湧いてくる疑問を調べ考えて行くうちに自分が恐ろしい事実に関わろうとしている事に気付いた。

 いくら調べても「退行」という副作用も病気も存在しないこと、高い発症率、凶悪事件との関連、抗うつ薬の副作用、脳梗塞の後遺症との酷似・・・。いつのまにか私は誰も解いた事の無い、解いてはいけないパズルを解いてしまった。

詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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2005年 寝屋川事件の真相

抗うつ薬によって起きた「感情の幼児化」による動機なき犯行 少年は発達障害では無かった 幼児の感情が妄想をコントロールできずに起きた事件

 

 2005年に大阪府寝屋川市で起きた市立中央小学校に侵入した少年が教師や栄養士3人を殺傷した事件。17歳の少年は同校の卒業生だった。
 小学校の頃からいじめに逢い中学校で不登校となるが成績は優秀だった。どのような経緯かはわからないが2004年から思春期外来に通院し抗うつ薬などの投与を受けているが、殺人衝動が抑えられないとか「キチガイ」になったというような理由でない事は間違いない。心理状態が不安定となり2005年なると自室に包丁を隠し持つなどの異常行動が見られるようになった。
 警察が駆けつけてきたときには少年は職員室の窓際に煙草をふかして立っていた。
 精神鑑定では「広汎性発達障害」と診断されたが裁判では責任能力があるとされ懲役15年となった。

この事件も感情の幼児化による特徴がすべて当てはまる。

・動機があやふや
・これだけの事件を起こしながら動転した様子が見られない
・症状が一時的なものではなくこれまでの抗うつ薬の副作用では全く説明がつかない
・逃げようとする意思がない
・反省や後悔の念が見られない
・意味不明な供述
・犯行時も取り調べ時も無感情

 17歳の少年が初めて人を殺したのに動揺する事もなく警察が来るのを煙草をふかしながら待っている、この状態をあなたは「あり得る」と考えるのだろうか?
 「キチガイ」だから仕方が無い、多くの人が抱くこの考え方はあまりにも短絡的である。このおかしさに専門家もジャーナリストも気がつかないなんてどうかしている。社会が生んだ精神病?と「専門家」がうそぶけば多くの国民は納得してしまう。家族だけが違和感と罪悪感を持ちながら死ぬまで苦しみ続ける。
 広汎性発達障害が凶悪事件の原因というのも見当違いだ。発達障害が殺人鬼を作り出すなどという理論はあまりに馬鹿げている。両親は発達障害に気づかなかったと証言している。少年は発達障害ではなかったのに薬を飲んで発達障害にさせられたのだから当然だ。感情の幼児化は精神科医にとっては究極の発達障害という見方になる。両親が突然訪れたこの変化を多感な思春期の一時的な変化としか捉えなかったとしても不思議ではない。もちろん解離性障害や錯乱の症状は無い。
 少年は薬によって感情記憶を失い同じ記憶と知識を持った幼児にさせられた。幼児の感情が「負の記憶」と直接の副作用である一時的なせん妄や焦燥によって作られる「殺らなければならない」という妄想をコントロールすることが出来ずに起こした事件であることは100%確実である。無感情な殺人鬼は薬が作りだしたモンスターでしかない。
  この事件を薬の副作用だと考えた方は少なくない。しかしこれまでの抗うつ薬の副作用の考え方では全く説明がつかず、何が起きているのか説明できた人はいない。それはこの副作用を誰も記録した事が無く研究しようとした事がなかったからだ。精神科医が患者の訴えに耳を傾けていたらこんな事件は起きずに済んだ。

 この驚愕の事実が誰にも知られぬまま悲しみの連鎖が繰り返されて行く。私はそれをどうしても止めたい


息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

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2001年池田小事件 醜聞に垣間見る退行の痕跡

醜聞に垣間見る精神科薬の副作用「退行」の痕跡

 大阪の小学校に乱入した犯人が包丁で次々と児童を刺殺した、日本の犯罪史の中でも際立つ悲惨な事件である。
 この犯人の経歴は少年期から陰湿ないたずら、動物虐待、暴力、強姦、強盗、恐喝など信じがたいほど数多くの醜聞にまみれている。罪を逃れるために精神科を利用したという前代未聞の作戦によって、この事件以降精神科の副作用説は支持されない結果となってしまった。
 精神科と関わる以前から暴力や犯罪の存在した「ごくまれな」事件の一つである。こんな犯人の肩を持つような発言をしたら全国民を敵に回しかねない。もちろんこの犯人が「本当は良識のある人間だった」などと言うつもりはない。しかしながらこの犯人も間違いなく「感情の幼児化」を発症していて精神科と関わらなければこの事件は起きなかったということだけは確かである。
 17歳の時に初めて精神科に行き、以降断続的に精神科と関わっている。21歳の時からは母親と共謀して「罪を逃れること」を目的にした詐病だったと後に供述している。全日空ハイジャック事件にヒントを得た作戦なのだろうが、これが精神科を甘く見すぎた「地獄」への入り口だった。精神科と関わる度に「感情の幼児化」が起き幾度も幼児の感情に引き戻されている。もともと素行が悪すぎるので退行が起きても誰も気づかない。その後の再成長時に愛情が育まれる事は無く、叱責され否定され続けることによってもともとの性格の悪さに加えて「負の記憶」が積み重ねられ破滅的な事件に繋がって行くのだ。
 もともと持ち合わせた性格は悪かったが、犯人は一度も大人になる事ができなかった哀れな幼児なのである。その根拠となる事実が意外な所に潜んでいる。20歳の時にどういうわけか父親を残し母親と二人で部屋を借りて暮らし始めている。おそらく暴力で母親を脅して実行したことなのだろうが、この生活の異様ぶりを週刊誌はこぞって取り上げ、異常なマザコン癖から近親相姦を疑うものまであった。
 普通ならマユツバものの内容だがこれはおそらく事実だと思っている。もちろん暴力で脅してというものであろうが、戦慄が走るようなこの行為は何を表わすものなのか?これは幼児の母親の肌を求める感情と性欲が合体した恐るべきモンスターの仕業なのである。成人がこの副作用を発症すれば異常のない知識、記憶、体を幼児の感情がコントロールすることによってこのようなことが起こりうる。異常とも思える性欲は母親を求める幼い感情の表現なのだ。しかし母親はもちろん、父親も社会もそれを認める事は出来ないから精神的に満たされる事は無く「負の記憶」だけが蓄積されて行くことになった。
 「負の性格」と「負の記憶」がこれほど相乗した例はないだろう。抗うつ薬パキシルの副作用「せん妄」がきっかけとなって事件は起きる。しかし事件後に薬を止めても後悔や反省が表れることはなく副作用説は否定される。せん妄が起きてはいてもそれは頭のどこかにあったものが拡大したものだから正常な自分がした事ではないという認識はないのだろう。自分がおかしかった事を認識することさえできず「負の記憶」が積み重ねられた幼児の感情はふてぶてしい悪魔を作り出し時間が経過しても後悔も反省も表れることはない。
 裁判で悪態をつきながらも自ら死刑を望み処刑された。しかし罪から逃れるために精神科を利用する人間が反省しているわけでもなく死刑を望むのはおかしくないだろうか。これもまた幼児化の典型的な症状の一つで死ぬことによって自らを悪のヒーローとして讃え上げようとする行為だと思われる。幼児は死を認識することも死の恐怖を持つ事もない。
 最後の最後まで悪態をつきうす笑いを浮かべるこの犯人を処刑しても「刑」としても意味をなさず「抑止」にもならない。被害者の家族にはやり場の無い怒りだけが残される。犯人は生きていない方が世の中の為だったことも確かだとは思うが、精神科と関わらなければもう少しましな人生があったかもしれない

息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

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下関通り魔事件は精神科薬の驚愕の副作用が原因だ

犯人は35歳の記憶と知識を持った幼児だった!感情記憶の喪失「退行」が凶悪事件を起こす。初めて明かされる驚くべき真相!


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月29日下関通り魔事件の犯人に対する死刑が執行された。

公表されている事件の概要は次のようなものである。

・・・

1999929日午後425分頃、山口県下関市のJR下関駅構内に突然乗用車が突っ込んで、駅にいた通行人を跳ねながら暴走、その後車から降りてきた男が包丁を振りまわして逃げ惑う人々を次々と殺傷。この事件で5人が死亡、10人に重軽傷を負わせた。現行犯で逮捕されたのは運送業の男(当時35歳)だった。

 犯人の男は九州大学工学部建築学科に進んだが対人恐怖症を発症しなかなか就職しなかった。このため87年には心配になった両親が東京の病院に入院させた。885月にも福岡市内の精神病院に入院している。

 症状はある程度安定し、その後はいくつかの職場を経た後福岡市内の設計事務所に勤め、92年に自分で設計事務所を開き、93年には結婚相談所で出会った女性と結婚した。

 97年あたりからは対人恐怖症によるトラブルからか営業不振になり、98年、事務所を閉鎖。99年に軽貨物輸送の仕事を始める。98年別居状態になっていた妻と離婚。

 仕事に使っていた軽トラックが冠水して故障しローンだけが残り父親に援助を求めたが父親はこれを拒否、家の車を貸してやるからそれで仕事を続け、自分でローンを返すように諭した。

 元々、真面目な努力家だったはずの男はそうした災難や、人々の仕打ちもあって、社会に対する憎悪の気持ちを高めていった。努力していてもうまくいかないとなると、周りに責任があると考え「社会にダメージを与えてから死んでやろう」と通り魔犯行の大量殺人計画をたてる。

 逮捕後「社会に不満があり、だれでもいいから殺してやろうと思った」「池袋事件のようにナイフを使ったのでは大量に殺せないので車を使った」などと供述し、「神の指示」などと意味不明の発言を繰り返し、時に奇声を上げて廷内で暴れるなど奇行が目立ち始める。こうした行動が罪逃れのための演技であるか実であるか、精神鑑定が行なわれた。

 検察側が死刑求刑の根拠とした鑑定は、犯行時の精神状態を「人格障害が背景となった反応性うつ状態を繰り返していたが、刑事責任能力への影響はない」と結論付けた。一方、弁護側が受け入れた鑑定では「統合失調症に近い妄想性障害で、心神喪失または心神耗弱」と判断している。(公開されているニュース記事などから一部転載)

・・・

88年の入院から断続的に精神科に通院していた犯人の男性は犯行直前にSSRI、抗不安薬、大量の睡眠薬を服用していたことがわかっているが「副作用」の可能性は弁護側からも出てこない。その理由はSSRIなどの副作用とされる「脳内物質の分泌異常による一時的なせん妄、攻撃性」という症状が当てはまらないからだろう。事件前から良くない素行や考え方が目立ち、事件後も後悔や反省が見られないのだから当然と言えば当然だろう。精神鑑定はどちらも正しくどちらも間違っている。統合失調症に近い妄想性障害という判断は97年頃から薬の副作用による退行によって半永久的に引き起こされているものであり、知識記憶には全く問題が無いので副作用の知識の無い精神科医では「子どもっぽい」というだけでは責任能力が無いとは判断できないだろう。
 男性は97年事務所が営業不振になったあたりから、断続的に服用していた精神科薬によって前頭葉が萎縮し、感情記憶が失われる「感情記憶の喪失」を起こし同じ記憶をもった「別人」になっていたのだ。幼児化した感情が仕事相手にも家族にも愛想尽かされる原因だった。社会や家族と密接な関係を持っている成人がこの症状を起こせば悲惨な結果を生むことは以前にも書いた。その変貌ぶり、抑制の効かないわがまま、短絡的な思考、常識ある社会人とは思えない行動。知識や記憶はそのままに感情だけが幼児化する副作用の典型的な症状だ。精神科医はもちろん家族もそんなことが起きているとは夢にも思わないから病気が悪化した、おかしくなったとしか考えられず失望し距離を取るようになってしまう。そのことが回復時の再成長に影響を及ぼし「負の記憶」が重ねられていく。薬の断続的服用によって幾度も幼児化は起き「感情記憶」はその度に消えるが一般記憶として大脳皮質に記憶された「負の記憶」は消えない。やがて幼児化した感情が「負の性格」と「負の記憶」によって生み出される妄想をコントロールできなくなり、事件の引き金となる。逮捕後、薬は止められても感情の再成長には長い時間が必要であり、安定した環境と愛情によってのみ正しい成長が期待できるが、その環境は望むべくもなく歪んだ感情が形成され罪の意識が芽生える事もない。取り調べ時の奇行は演技でも何でもない幼児そのものなのだ。

男性は2度殺されている。一度目は97年に「人格」が、3月29日に「命」が殺された。死刑という非文明的で野蛮な刑はそれだけであってはならないが、万一この事が証明されて男性に責任が無かったとされても失われた命は返ってこない。唯一の存在意義である「犯罪抑止」もこの副作用による凶悪犯罪には全く効果が無い。真犯人である製薬会社と精神科医、この事態を放置している国は何の責任も追及されない。被害者の家族の方、加害者の家族の方、本当にこれで満足なんですか?警察も専門家もジャーナリストもどうしてこのおかしさにいいかげん気がつかないのだろう?

こうして100%確実な副作用による犯罪にピリオドが打たれ、真実は明らかにならないまま新たな犯罪が起き失われなくてもいい命が失われて行く。類似する事件がどれだけ起きているかよく考えればわかるはずだ。私はこの悲しみの連鎖を止めたい。

この事件に関して副作用の可能性を指摘する方々でもどうして犯罪が起きるのかまで説明できた方はいない。それはこれまで「感情記憶だけが消える」という副作用が存在する事を誰も知らなかったからだ。おそらく日本で初めて私がその詳細を記録し、何が起きているのかを理論化した。すべての状況が説明可能で、すべてのつじつまがあう、それは真実だからだ。多発しているのに誰も知らないこの副作用については下記を参照してほしい。これは嘘でも空想でもない「事実」である。

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感情記憶の喪失「退行」発症のメカニズム

精神科薬が脳梗塞と同じ現象を引き起こし神経細胞を破壊する
 

・感情脳の萎縮

なぜ非可逆性退行は起こるのか。その詳細については素人が入り込む余地のない脳科学の専門分野だが、専門家に知り合いは無く誰も力を貸してくれそうにもないので素人なりの仮説を立てておきたい。専門分野なので間違いがあるかもしれないことを始めにお断りしておく。

脳は基本的に三つの分野があって独立しながら連携している。つまり三台のコンピューターで構成されているといっていいだろう。一つは小脳を主とする自律神経を制御するもの。意識することなく動き続ける呼吸などを司るもので生存脳と呼ばれている。二つ目は視覚、聴覚などとともに言語、一般記憶などを蓄積する認知脳と呼ばれる大脳皮質。そして三つめが感情や情動を司る感情脳と呼ばれる大脳辺縁系である。

感情は主に前頭葉が制御していると言われているが、元になる感情記憶は視床下部や海馬、扁桃体といった脳の中心部にある大脳辺縁系に蓄積されている。そこから必要なデータを取り出して前頭葉が今現在の状況や一般記憶と照らし合わせて行動や情動をコントロールする。

一般記憶や言語などには全く問題が見られないことから認知脳ではなく感情脳に問題が起こることは明らかだろう。薬はある特定の人の感情脳の一部あるいは全部を一時的に萎縮させるのだと思われる。脳のどの部分かは限定していないが一部の薬では製薬会社も副作用として認めている。この副作用が製薬会社の想定を遥かに超え高頻度に発生し、広範囲の症状を派生させているのだと思われる。

感情脳の萎縮によって神経細胞の壊死、ないしは神経ネットワークが寸断されることによって感情記憶が破壊される。萎縮自体は薬を止めれば数日で元に戻ると思われるが一度破壊された細胞やネットワークは復元せず時間をかけて再構築されることになる、というのが私の考える仮説である。

わかりやすく例えれば大きな風船の中に小さな風船がたくさん詰まっているとしよう。外側の風船が一度縮めば中の風船は割れてしまう。外側の風船が元の大きさに戻っても中の風船はもう戻らないということだ。したがって時間が経ってMRI検査をする頃にはすでに萎縮はなくなって異常なしと診断されるのに、感情記憶は長期間元に戻らないという結果になる。

とりあえずは抗不安薬の例について確実に言えることだが、この副作用はたった一粒の薬が致命的な後遺症を残すことになる。連用が中毒を起こすわけでもなく、薬をやめることで禁断症状が出るわけでもない。劇的な効果を持つわけでもないはずの一粒の薬が何年も社会生活を不可能にする重度の後遺症を引き起こすのである。

・特定の人に発症する理由

発症頻度は高いがそれでも一部の人にしかこの副作用は起きない。それが何故なのかはやはり専門的で難しい分野である。可能性としては脳の構造の特異性や薬の解毒作用の違い、アレルギーなどが考えられる。

脳の構造という点では発達障害が関連するとも考えたが同じ要素を持っていると思われる妻にはこの副作用は現れなかった。息子は家族で唯一花粉や薬のアレルギーを持っていてそれが何らかの関連を持っている事は十分考えられる。脳の萎縮という作用は薬の何らかの共通物質、あるいは脳内物質のコントロールを行うあらゆるものへの拒否反応、一種のアレルギー的反応とも思える。

ストレス物質が海馬を萎縮させる現象は知られておりPTSDの原因とも言われている。薬の成分がストレス物質と同じ働きをする可能性もある。インフルエンザ治療薬タミフルでも一部の患者に異常行動が起こることが知られていて、この発症体質とも関連があるようにも思う。

・脳梗塞後遺症との酷似

以前の記述の中で脳梗塞を扱う脳外科医だけがこの症状を知っていると書いた。それは妻の叔父の脳梗塞後遺症を見たからである。

異常な興奮、そう状態のように見え、言葉が汚く乱暴、ささいなことで怒ったりへそを曲げたり、奥さんに暴力をふるう・・・獣医師で理知的、紳士的、奥さんとも仲の良い、けして手を上げるようなことのなかった以前の姿とはまるで別人のようになったその症状が息子の一度目の薬を飲んだ時の症状に酷似していたのだ。これには私の方が驚いた。

脳梗塞の症状は血栓や出血によって脳の細胞が壊死することによって起こる。後遺症としての障害は損傷を受けた脳の部位によってさまざまだが、それが「感情脳」であった場合には「退行」が引き起こされる可能性があるということだ。このことによって退行は脳の神経細胞、神経細胞ネットワークの破壊が原因であることが裏付けられた。薬は「脳梗塞」と同じ現象を起こすのだ。

・回復の過程・・・非可逆性の意味

 一度退行を起こしてしまえば回復に数年あるいはもっと長い時間を要する可能性がある。息子の場合赤ん坊からどうしようもない幼児期を抜け出すまで三年かかった。それからの成長のスピードは速まっているようにも思う。実年齢並みにはまだまだ届いているとは思えないが、もはや個人差の範囲に入っているようでもあり判断はとても難しい状態にある。通常の成長の何倍かの早さで進むようではあるが、待っている者にとってそのスピードはあまりにもゆっくりだ。成人の場合と子どもの場合とは違いがある可能性もある。例えば三十歳の成人がその年齢の感情に戻るまでどの位時間がかかるかは未知数でしかないが数年程度では難しいのではないだろうか。

 厳密に言えば回復ではなく成長である。一度失われたものは二度と戻らない。それまでの感情は消去されている。「非可逆性」の意味はここにあって、再び同じ成長の過程を経なければならないということになる。それまでの人格は一旦そこで死に、新たな環境の中で学習しながら別の人格として成長する。単なる副作用ではなくこれは「殺人」に等しい。

 子どもの場合この真相に家族が気付かなければならない。生れついた性格は同じであるから似たような人格が形成されるには違いないが、赤ん坊であることを認識して愛情を注いで温かく見守ってあげることによって正常な成長ができる。どうしてこんな子になってしまったのかと落胆し叱責を続ければ歪んだ性格が作り上げられることになる。

成人の場合はとても複雑な問題に遭遇することになる。家族や社会と複雑な結びつきを持っているから回復のための時間や愛情を与えるのはとても困難である。何の知識も無い周囲の人間はそれを認めることができず家族さえ性格が変わった、悪くなったと判断して離れてしまい孤立し正常な感情の成長が大きく阻害されることになる。本来ならお母さんに抱っこされあやされている時期が必要なのにその欲求が満たされなければ愛情不足となり歪んだ心を持つことになるが現実にそれは許されない。また、成人としての知識と記憶、体がその欲求を複雑で恐ろしいものへと変貌させていく可能性も高い。

少年犯罪の場合は矯正教育プログラムの対象となりある程度正常な成長が期待できるが、恫喝、脅迫、騙し、誘導といったような警察の取り調べの中では真摯に反省するような成長は望めず歪んだ性格しか形成されない。

・ 明確に記録されない一般記憶

 発症までの一般記憶には何の問題もないのだが、退行時の記憶は不明確にしか記憶されないようだ。例えば一般的に中学三年の段階では一年の時の記憶はかなり鮮明にあるはずだが、息子の場合退行を起こした一年頃の記憶はかなり曖昧で霧の中を歩いているようなものでしかないようなのだ。

一般的な記憶は一時的に海馬に記憶され必要に応じて大脳皮質へコピーされるらしいが、萎縮によって海馬の機能が低下していることが原因なのだろうと思われる。感情年齢一歳頃の記憶は実際の一歳頃の記憶と同じ程度にしか記録されず忘れ去られていくのかもしれない。

 

息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

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秋田連続児童殺害事件は精神科薬の副作用「退行」による事件の典型

犯人は33歳の記憶を持った「薬が作りだした幼児」だった!



精神科薬による副作用「感情の幼児化」は無論子どもだけではなく大人にも起きる。大人にこの症状が起きればより悲惨な状況が作られる。この事件はその典型である。

2006年秋田県で33歳のシングルマザーが9歳の娘を川に投げ落として殺害した後、さらに近所の同級生の男の子を殺害して遺棄したとされる事件で概要は次のようなものである。



娘が行方不明だと母親が警察に通報したのが事件の始まりだった。やがて近くの川原で遺体が発見され警察は事故死と断定する。ショックを受けたらしい母親は精神科に4日ほど入院。退院後事故ではないと騒ぎ立てマスコミの目を引くことになる。そして近所の同級生の男の子の遺体が発見され日本中の注目を集める中で逮捕される。多くの国民がテレビで母親の姿を見、「わが子を殺しておきながらぬけぬけと被害者を演じていた鬼畜」像を抱いた。検察は死刑を求刑したが娘への殺意を明確に立証できず無期懲役となった。

犯人とされた母親は幼いころから父親の暴力に怯えて育ち、人になじめない性格で学校ではいじめられた。高校卒業後家を出て温泉ホテルなどで仕事をするが父親に連れ戻され結婚。娘が生まれたが離婚し、パチンコ店などに勤めるが退職。生活保護を受けるが借金が膨らみ自己破産する。自律神経失調症で精神科に通院し安定剤や睡眠薬を多用、自殺未遂を繰り返すようになる中で事件は起きた。

・・・

誰もが母親の顔を何度も見たであろう事件であるがその真相は多くの人が考えているものとは違っている。

近所の住人をはじめ母親を知る多くの人がテレビに映し出される異常に興奮し強い口調で訴える母親の姿に違和感を覚えた。どちらかと言えば人目を避けるように暮らし、自ら話しかけることなどほとんど無い陰気で内向的な性格だったはずの母親。その変わりようにまるで別人のようだと証言する人もいた。

本来の母親はテレビに映し出されマスコミが作り上げた鬼畜像とは全く違っていて、幸せとは言えない幼少期や男運の悪さの中でそれなりに一生懸命に生きてきた心の弱い女性だった。母親を知る多くの人の証言がそれを裏付けている。ではテレビに映し出された人物像は何だったのだろうか?

母親は二度精神科に通っている。一度目は2003年に勤めていたパチンコ店を辞めて精神的に不安定になっている時に民生委員に勧められてのことだ。この後自殺未遂を繰り返すようになっている。安定剤や睡眠薬を常用し娘が川に落ちた時も睡眠薬の影響があったとも言われている。女一人での子育ての大変さは生活苦とともに母親を追い詰めていたのは確かではある。

娘は殺害したのではなく事故死だったのだろうと私は思っている。確かにいなくなればいいのにという気持ちが無かったとは言えないだろうが、それはシングルマザーのほとんどが頭の片隅で考えることに過ぎない。娘が橋から落ちた瞬間の記憶が無いということから考えて「ショック」な出来事がその瞬間起きたのだと思われる。殺そうと思ったらそれはショックな出来事ではない。事故だったから「ショック」を受けて記憶がなくなったのだ。そういうことが私の妻に幾度もあったから私は容易に理解できる。それに殺そうとしたのなら事故死とされた警察の判断を覆す必要など全く無いのだ。

娘の遺体が発見された後、精神的に不安定な状態となって精神科に4日ほど入院する。ここでおそらく抗不安薬を処方されたのだろう。この時点で退行を起こしたのは明らかだ。

退院した母親はまるで「別人」のように異常な興奮状態となっていた。娘が事故死ではなく事件に巻き込まれたと警察やマスコミ、近隣の住民に過激に訴え始めるのである。これが自分の殺害を隠す作戦と言われているがあまりにもばかげている。この時点では娘が本当に行方不明になったと思っているのだ。その時の記憶が無く、さまざまな妄想の記憶をコントロールする感情を失って起こした行動なのである。近所の男の子を殺害したのも明確な殺意があった訳ではなく妄想と現実の区別がつかない状態での行為である。この間の出来事には理由を見つけることができず幼児のような行動としか表現できない。しかしマスコミはパフォーマンスだと吊るし上げ、私を含め多くの国民はそう思い込まされた。

母親にとっての最大の不幸は薬によって性格が大きく変わったことを認識できる家族が誰もいなかったことである。両親とは距離があり、彼氏とされる男は検察側に利用されてしまう程度の仲でしかなかった。それまでとは全く違う異常な興奮状態がテレビで放送されても家族は否定できず、ふてぶてしい犯人像として定着してしまった。

裁判ではこの一連の出来事をよく覚えていないと証言している。検察側はそれを偽証だと言っているが感情の幼児化が発症して間もない状態の記憶は幼児期の記憶のように霧の中を歩いているような不明確なものとしてしか残らないのだから本当なのである。彼女自身なぜ事件として捜査することを望み、なぜ殺したのかを時が過ぎてから説明できないのは仕方ないことなのだ。

自分がどうして罪を犯したのかは理解できなくても時が過ぎるにつれ罪の大きさは感じるようになるのだが、幼い感情からの愚直な謝罪は相手にも世間にも受け入れられない。

従来の精神科薬の副作用の考え方である抗うつ薬の脳内物質の異常によって起こる「せん妄」「攻撃性が増した」状態では症状の出方や裁判まで含めた時間軸上の精神状態が説明できない。そういう考え方があったかどうかは知らないが「副作用」という話は弁護側からも聞かれなかった。また、ネット上などで精神科薬と凶悪事件の関係を疑う方々もどのようなメカニズムによって事件に繋がっていたのかを具体的に説明することはできていない。

母親は人とのコミニケーションに障害のあるアスペルガーでも解離性障害でもない。33歳の記憶を持った幼児か赤ん坊だったのだ。正常な意識とは程遠い世界で起こした事件によって母親は無期懲役の判決を受け服役している。幸福に縁の無かった人生の終わりが刑務所であることをどう表現すればいいのだろうか。少なくとも精神科に行かなければこの事件は起こらなかったはずなのに製薬会社も精神科医も何一つ罪を問われることはない。



たくさんの専門家がかかってもこの母親の心理状態を説明しきれない。しかし私はそのすべてを説明する事が出来、すべてのつじつまを合わせる事が出来る。それは息子に起きた副作用をおそらく「世界で初めて」詳細に記録し「何が起きているのか」を初めて理論化できたからだ。多発する「不可解な」凶悪事件のつじつまが合う、どんなサスペンス小説や映画よりも恐ろしい事が起きているのを誰も知らない。本当の事を言っているのにマスコミもジャーナリストも誰も信じてくれない。テレビや映画に登場するような「カンの鋭い正義漢」的ヒーローは現実には存在しないのだ。



<参考文献「橋の上の殺意」鎌田慧著 平凡社>



息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 


 


 


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多発している精神科薬の副作用「感情記憶の喪失」。なぜ誰も知らないのか?

たった一粒の精神科薬が「キチガイ」を作り出す副作用「感情記憶の喪失」なぜこの副作用を誰も知らないのか?


 感情脳の萎縮による感情記憶の喪失「退行」、この副作用は抗不安薬を始め抗うつ薬、SSRIなどで数十人に一人程度の高確率で多発していると思われる。それなのになぜこの副作用を誰も知る事が無かったのか。その最大の理由は医者が副作用だと認めないことである。

この国ではどんなに患者本人や家族が訴えても医者が認めなければ公式な「副作用」にはならない。副作用によって通院や入院を余儀なくされればある程度の保証を受けられる制度があるにはあるが医者が認めることが大前提である。精神科薬の副作用にこの制度が当てはめられることは極端に少ない。

どうして医者はこの副作用を認めないのか。その第一の理由は知識が無いことである。残念ながらこの副作用について研究した専門家は皆無で論文も存在しない。抗うつ薬の一部については攻撃性が増すなどの副作用があることが知られ厚生労働省も認めているが、その原因は一時的な脳内物質の異常によるものとされ、長期間症状を示すこの副作用については全く触れられていない。薬の添付文書にそれらしい記述はあるが発症率は不明か1%以下とされ、難解なその記述を現実的に現れる副作用と結び付ける事が出来る医者は皆無だ。つまりこの副作用は「まず起きる事が無い」とされているから研究もされず、製薬会社が医者に説明する事も無い。よって医者は「副作用でそんな事は起きない」と決めつけ、報告される事が無いという悪循環になってしまったのだろう。

第二の理由は知識や記憶に何の問題も無く「感情」だけが幼児化するという現象を「あるはずが無い」とする既成概念である。私とて自分の目の前で起きなければ信じることなど無かっただろう。どう説明しても100人中100人が「そんな事はあるはずが無い」と言うだろう。「たった一粒の薬で半永久的に別人になり、自分では絶対にその事に気づかない」などという事実が存在すると考えられる人はまずいない。一般市民はもちろん、脳梗塞を扱う一部の「脳外科医」を除いては精神科医、専門家でさえそういう既成概念を持っている。したがってこの副作用が認められることはあり得ない。

第三の理由は家族にしかその変化がわかりにくいという点である。先にも述べたように知識や一般記憶には一切欠落は見られない。全て年齢並で会話は普通に成り立ち、善悪の判断も知識としては持っている。ただ抑制の効かない子どもじみた反応、わがまま、甘え、興奮、すねる、言葉が乱暴、暴力、攻撃性などが突然現れるのだがどれも抽象的でわかりにくい。もともとの性格なのか副作用なのかを家族以外の第三者が判断できる材料はほとんどない。いくら家族が薬を飲んで突然起きたと訴えても、わずかな時間しか接しない以前の様子を知ることも無い医者にはわかるはずもない。自分の出した薬で副作用が起きたという事を認めたくない心理も働くから「一時的な症状」「副作用ではない」「気のせい」「そんな人はどこにでもいる」「もともとの発達障害」「別の精神病」「離脱症状」などと全く見当違いの診断を下す。家族でさえ副作用である事、性格が別人のように変った、わがままな子供みたいになったということまではわかっても本当に何が起きているのかを知る由もない。
 マスコミ、警察、司法はすべて「家族の訴え」ではなく「○○大学名誉教授」などという立派な肩書を持った「専門家」の言う事を信じる。しかし原発事故でテレビに担ぎ出された「専門家」の「いいかげんさ」はたくさんの国民が確認したはずだ。「専門家」のいうことはけして「正しい」とは限らないのに誰も自分の力で真実を追求しようとしなかった結果「起きるはずの無い」原発事故は起きた。また、製薬会社、医療関係とマスコミの癒着ぶりは電力会社に勝るのも事実である。真実は追及されることなく、多くの罪の無い国民が犠牲になり、犯罪者にされて行く。どんなサスペンス映画も及ばない恐ろしい現実が誰も知らない間にあなたの間近に迫っている。



息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 

西鉄バスジャック事件 なぜ少年は破滅へ向かったのか

負の記憶が妄想となって事件を起こす



53日西日本鉄道(西鉄)の高速バスが牛刀を持った17歳の少年に乗っ取られた事件である。乗客3人を切りつけ、2人が負傷し女性1人が死亡した。少年によるバスジャックという衝撃と日本のバスジャック事件において初めて死者が出たことにより日本中を震撼させた。

少年は中学校でいじめにあい、家庭内暴力で家族を悩ませた。高校に入るもののすぐに中退。少年はインターネットの投稿サイト2ちゃんねるに熱中し家庭内暴力がますます悪化していく。危険を感じた両親が20003月に医療保護入院させた。ここで薬の投与を受けている。入院中は医療スタッフや他の入院患者たちにも礼儀よく接し、まるで何事も無かったように快方に向かい医師は外泊許可を出す。少年は当初、自分がいじめを受けていた母校の中学校において無差別殺人を行う予定だったが、ゴールデンウィークで休校だったため、バスジャックを実行した。

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精神科の治療以前に暴力が存在した例である。このような場合副作用説はマスコミや世論にかき消されてしまう。少年の経歴から「危険な少年」をなぜ野放しにしたのかという批判が相次いだこの事件も退行が起きていたことによって事件に至ったと考えるべきだろう。

入院させられて薬を飲まされた時に症状は起きているが、それ以前の状態が悪いので家族が変化に気づくことはない。しかし一時的に症状は良い方向に向かっていたように思われていたのはどうしてなのだろう。

仮定1.回復した?

医師は治療によって回復したと判断し外出許可を出した。しかし犯行の計画を立て準備をし決行したのだからもちろん回復してはいない。

仮定2.治療前と何も変わらない?

全く変化が無ければ簡単に暴力が収まるはずが無い。外出許可を得るために演技をしたと言われているがそれほど計画的な悪知恵が働くようには思えない。そういう場合でも暴力の矛先は家庭に向くはずであって学校や第三者に向けられることは考えにくい。さらに動機も行動も理解不能で後先のことを全く考えていない、どんなに悪意を持っていても17歳のやることとは思えない。

仮定3.副作用によるせん妄からの攻撃性?

副作用を疑うこれまでの考え方であれば一時的なせん妄による攻撃性が考えられるが、せん妄による攻撃性を意識的に抑える事は難しいはずである。ましてや目的達成のため計画的に回復した様を演じる事は不可能である。

いずれも該当しないことから、回復したように見えたのは感情の幼児化によって年齢相応の直接的な怒りを家族や周りの人間に向けるべき理由がなくなったからではないかと思われる。それよりも記憶に蓄積された報復や破滅的凶悪犯罪の妄想を神の声のように現実化して行く方向を目指したのではないだろうか。彼は負の記憶と妄想が支配する全くの別人になったのだ。当初の目標を中学校にしたのが一つの証拠となるだろう。幼児化した感情は過去の怒りを現実のものと認識するようになるのだ。

家庭内暴力がエスカレートしたと言われるが家庭内暴力と家庭外暴力には雲泥の差がある。青年期の心理に本当に詳しい専門家はそのことを知っている。フラストレーションを家庭外に向けられない、言ってみれば「小心者」が家庭内暴力を起こすのである。外泊許可を得た少年は家庭ではなく小学校で事件を起こそうとし、バスジャックへと破滅的で目的のない怒りを向けることになった。本来なら入院させた親へと向かうべき怒りの理由と方向が退行によって変換されてしまったのだ。当たり前に考えれば事件を起こして親を困らせてやろうというのが動機ということになるがどうもそれは違うようだ。動機も目的もなくただ破滅的なダークヒーローのまねをしたとしか言いようがない事件である。

確かに悪意は既に存在していた。しかし起きる必要の無い事件が精神科の治療によって引き起こされ、死ななくてよい命が失われたことは間違いない。その事実を誰も知らない。



息子に起きた頻発しているのに誰も知ることのないこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 


 

2007年福島母親殺害事件は抗不安薬の副作用だ

福島母親殺害事件は抗不安薬の副作用「退行」(一般記憶や知識には何の異常も無く感情記憶が消え感情だけが幼児化する現象)によって引き起こされた。製薬会社の添付文書にはこの副作用が記載されている!



これまでは副作用の可能性が高いという表現しか出来ない事件を取り上げてきたが今回は100%確実な事件例を追いたい。

福島県会津若松市で起きた17歳の高校三年生が殺害した母親の首を持って警察に出頭したという衝撃的な事件である。

少年の実家は会津若松市から60キロ離れた山間の町で、高校に通うため市内に部屋を借りて暮らし母親は週末などに部屋を訪ね身の回りの世話をしていた。

中学時代は野球部のエースを務め、スキージャンプもうまい優等生だったが、高校に入ってからはまわりにうまく溶け込めず、一人でいることを好み友達も少なかったらしい。高校二年の九月頃から不登校気味になり、三年になってからはほとんど登校していなかった。51日心配した母親が精神科に連れて行き精神的に不安定になっていると診断され抗不安薬を処方される。不登校は改善されなかった。

犯行の数日前ホームセンターでのこぎりを購入。この頃から犯行を計画していたものと思われる。515日午前1時半頃寝ていた母親を包丁で刺し殺した。のこぎりを使ってバラバラにし、切断した腕を白く塗り植木鉢に立てた。その後インターネットカフェで夜を明かし好きなロックバンドのDVDを見ていたという。そのロックバンドが肌を白く塗っていたことからそれをイメージして腕を白く塗ったのではないかと言われている。

翌朝タクシーを呼び首を持って警察に出頭する。動機については「誰でもいいから殺そうと考えていた」「戦争やテロが起きないかなと思っていた」などと供述している。

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抗不安薬を服用していたこと、せん妄や顕著な攻撃性など抗うつ薬の副作用とされる異常行動が見られないこと、罪の意識が無く反省する様子も見られない、子供じみた意味不明な供述・・・これは抗不安薬の副作用、感情脳の萎縮によって感情記憶が破壊され感情だけが幼児化する副作用、一種の統合失調症による典型的な事件である。
事件が起こるまで少年には非行歴は無く家庭内暴力があったという話も聞かれない。近所の人からは礼儀正しくおとなしい普通の子だったとする証言しか出てこない。学校では孤立していたもののいじめがあったということは確認できない。不登校というだけで事件に繋がるものは何も感じられない。
 不登校の少年などどれだけいるかわからないし、ホラー映画を好んで見ていたとか反社会的なロックバンドのファンだったという話もあるがそんなことで凶悪な殺人犯にされたのではたまったものではない。少年には「猟奇的」で「凶悪、残忍」な事件を起こす背景は何も無いのだ。精神的に不安定になっていたとする精神科の診断は不登校という現象には当然のように下されるもので、精神的に「おかしな」状態だったわけではない。ホラー映画に出てくるような薄ら笑いを浮かべて人を殺し続けるような気の狂った凶悪犯的要素は何もない。ある日突然猟奇的母親殺害の犯人になるにはあまりにも理由が無さすぎる。
 少年が赤ん坊の感情しかもっていなかったとすればその奇怪な行動、言動がすべて明確に説明できる。
 母親を殺し、遺体をバラバラにし、首を持って出頭する。戦慄が走るような行為を少年はうろたえることもなく平然とこなしている。だからこそ「猟奇的」という表現をされるのだろうが、これは少年にとってはゴキブリを殺すことやバッタの足をむしったりすることと同じレベルの「猟奇的」でも「残忍なこと」でもないのだ。
 ホラー映画を見る人は多いが当然のことながら猟奇的殺人事件には直接つながらない。それは現実と作りものが違うものだということをたいていの人は理解できるからだ。もちろん高校三年生でも十分に理解できるが、幼児や赤ん坊にはその区別がつかない。
 鮮明に存在しているホラー映画やゲームの世界に入り込んでいる妄想の記憶、それを現実と区別する理性が失われている。人を殺すという知識はあっても意味がわからない、受けた愛情の記憶も消去されていて母親を大切な人だという思いが無い。それが母親を殺してバラバラにし首を持って出頭するという猟奇的な事件を起こさせた原因である。
 話は普通に出来るし知識も高校生であることを疑わせるものはないが、大した動機も無く取調べにも動揺することなく応じ子どもじみた受け答えに終始する。善悪の知識はあるが反省の気持ちは無い。逃げようとする意思も犯行を隠そうとする様子もなく、大変なことをしたと後悔して出頭したわけでもない・・・一見冷酷な感情の無い凶悪犯にも思えるこの少年が幼児の感情しか持ち合わせていなかったとしたら当然のことにすぎない。
 確かにうるさく学校に行けとまくしたてる母親はうざい存在だったろうし、孤独でさびしい思いの中で自分を受け入れようとしない煩わしい大人たちを殺すヒーローの夢を見た事があるのかもしれない。しかしそれを現実化する力など少年は持ってはいなかった。
 少年はけして褒められた性格でも嗜好でもなかったかもしれないが何の罪も落ち度もあったわけで無い。製薬会社と医者に「親殺しの凶悪犯」にされてしまっただけなのだ。
 抗不安薬セレニカ(バルブロ酸ナトリウム別名デパケン、バルデケン等)の添付文書には重篤な副作用の項目に「発症頻度不明」とされているが「脳の萎縮、認知症様症状が起こることがありほとんどが一~二カ月で回復している」という記載がある。これが非可逆性退行を示すものだと思われるがほとんどの精神科医はこのことを知らない。もともと添付文書など読むことなどないまま薬を処方しているのだ。たとえ知っていてもこの副作用がこういう事件を引き起こすという賢明な理解の仕方をする医師は皆無だ。
 製薬会社は本当はこの副作用を知っているのだ。あるいは現象として把握していてもそれが高頻度に起き、恐ろしい作用を起こすことを知らないのかもしれない。
 精神科医が誰も知らないのだから症例として報告されることは無い。したがって発症頻度は不明となり、いくら訴えてもそんな副作用は無いと断定されるのだ。
 添付文書の注意書きはこう書き直されなければならない。
 「発症頻度、非常に高い」「前頭葉の委縮により感情記憶が消滅し、感情が幼児や赤ん坊のレベルになる。損傷の無い一般記憶や知識をコントロールすることが不可能となり、わがまま、甘え、脱抑、興奮、攻撃性などが症状が現れ社会生活が困難となる。善悪の判断ができなくなり、負の性格、発症前の負の記憶が顕著に現れ、そのレベルによっては凶悪犯罪を起こす可能性がある。感情が再構築されるのを待つしかなく、発症後は安心出来る環境で愛情を持って再成長を促すことが必要となり、回復までは最低で数年を要する。」
 精神鑑定でも副作用の可能性には全く触れられていない。それまで「そんな事をするような子じゃなかった」という家族や周囲の声は無視され「発達障害」という鑑定結果が出された。もちろん感情は幼児でしかないから「発達障害」という診断は間違っていないのだろうがそれが薬によって作り出されることを誰も知らないのだ。
 かくして少年は「母親殺し」「猟奇的殺人鬼」にされた。製薬会社も精神科医も非を認めることは無い。起きなくてもいい事件が起き、一人の母親の命と一人の少年の人生が消された。やがて成長した感情は罪の大きさを認識し別の心の病を創り出していく。母親を殺した十字架を背負って人生を歩まなければならないこの少年の不幸の責任を誰もとることは無い。こんなことが許されていいのだろうか。
 ストレスが同じ前頭葉の萎縮を引き起こすこともわかっていてそれによる事件も起きていることは間違いない。しかし精神科が関連すればすべて副作用である。
 私の息子は幸いまだ中学一年だった。世の中にあふれる凶悪な事件も反社会的なロックバンドも大人たちの嘘も知らず、親への反抗もまだごく幼い理由でしかなかった。もし息子が薬を飲んだのが高校三年だったら全く同じ状況でマスコミを賑わせていたと思えてならない。息子はまだ運が良かったのかもしれない。

息子に起きた誰も知ることのないこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。
http://toshio1131.web.fc2.com/


 

感情の幼児化が凶悪犯罪に結びつく理由

感情の幼児化によって負の性格と負の記憶がコントロールを失って暴走する。

 百
歩譲って感情が幼児に戻ってしまうことがあると認めても、幼児になる事がなぜ凶悪犯罪と結び付くのかと疑問に思う方も少なくないだろう。単純に考えれば「子どもになる」ことはそんなに大きな問題にならないのではとも思うだろう。

 記憶や知識そして体も一緒に幼児になってしまうのなら問題ないのだが「感情」だけが幼児化するということはとても難しい問題を引き起こすことになる。

・義務感がなくなるということ

学生なら学校に行く、勉強するということ、大人なら会社に行って働く事、家事をこなす事、子どもを育てること、それどころか着替えをする事、お風呂に入る事、歯磨きをすること・・・そういった生活のための義務の理由が全くなくなってしまう。自分の将来の事など何も考えられなくなるし、家族のために頑張ろうという気持ちなどわずかもなくなってしまう。すべては自分の欲望と欲求のままにしか行動できなくなる。

・欲望と欲求

食べたいものを食べたいだけ食べる、欲しいものを欲しいだけ買う・・・12歳ならそれでもゲーム程度で済むが大人だったら「欲しいもの」の欲求は果てしない。車、時計、宝石、家・・・収入に応じてがまんするという考え方が出来なくなる。家族のために買ってあげたいというな気持ちではなくただ自分の欲求を満たすためだけに手当たり次第に買いあさる。お金が無くなれば物や金を盗んででも手に入れようとする。

・手に負えない性欲

物欲はまだしも手に負えなくなるのが「性欲」である。体も知識も一人前だがコントロールするのは幼児でしかない。その結果はとてつもなくおぞましいものを生み出す。いたずら目的での幼児誘拐殺人などの性犯罪などが起きる可能性も高まり、母親に対する幼児としての甘えと性欲が合体してしまえば恐ろしい結果を生む。

・負の記憶

感情は幼児化するが「考えたこと」「思い描いたこと」は一般記憶として残っている。誰かに憎しみを抱き「殺してやりたい」と思った記憶は憎しみが消えても残っている。あるいは映画やゲームのシーンと重ねて自分が悪い奴らを殺すシーンを思い描いたということが残っている。そういった「負の記憶」が妄想と現実の区別がつかない幼児の感情によって現実化されてしまうのだ。また潜在意識の中にいじめられた、疎外されたというような「負の感情」が存在する可能性もある。



 以上のようなことに加え薬の直接の影響で不安感や焦燥感が増したり、攻撃性が強まれば凶悪犯罪に繋がるのは道理である。良い事、悪い事の知識が無いわけではない、人を殺す事が悪い事だという知識はあっても自分がそれをしない理由にはならない。無論事件を起こせば死刑を含めた刑があることも人生が終わってしまう事も知ってはいても自分んのこととして考える事はできない。

 幼児化によって凶悪犯罪者になるのは発症前に負の記憶を持っていた一部の人間ということになるが、それは特別な事ではなく上司に理不尽な注意を受けたら「いつか殺してやる」と心の中でつぶやくようなものでしかない。心の中で何を考えていても罪にはならないが、それが現実化した時に社会は「幼児のした事」として大目に見てくれる事はない。

 詳しくは下記を参照してほしい。
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神戸連続児童殺傷事件の真相

酒鬼薔薇は抗不安薬が作り上げたモンスターだ


1997年に中学三年生の少年が下級生を殺し首を学校の校門に置いたという日本を震撼させた少年事件の代表格だ。

事件が起きた当時は事件にも薬の副作用にも興味は無かったから、センセーショナルに報道するマスコミとわかったような話をする「専門家」のコメントを違和感を持ちながら眺めていた記憶しかない。

息子の件があってからさまざまな不可解な事件の資料を集めたが、この事件はどうにもおかしい、いやおかしすぎる。どう考えても中学三年生がサイコサスペンス映画のような猟奇的な殺人鬼になるはずがない。

育った環境とか、親の躾とか、社会のせい、学校のせい、孤立していたとか、もっともらしい理屈を並べてもどうにも成り立たない。精神障害を疑ってみても統合失調症、アスペルガー、自閉症などはどれも当てはまらない。一番大きな原因といわれている親の行きすぎた躾という原因も、母親の手記を読む限り日本中を震撼させるほどの殺人鬼を育てる原因は見当たらない。食事を与えないとか熱湯を浴びせるとかタバコの火を押し付けるとかいう虐待をしたわけでもない。「反省が無い」とか「ふざけてる」「この親にしてこの子」とか手記に対しては批判が相次いだが、母親はおそらく親の半分が犯すような、私と同じような「間違い」をしたにすぎない。匿名で個人批判を連ねる輩よりはるかにまともな人間だと私は思えてならない。子どもに対して謝らなければならないことはあっても世間に対して謝罪する必要があるような罪は犯していない。思春期に親に反抗して非行に走ったとしても「酒鬼薔薇」になる必然性は何もない。けして優良な性格ではなく動物虐待などの素質があったとしてもそれが猟奇的殺人に直接繋がるとは思えない。

ではなぜ少年は猟奇的殺人鬼になったのか?少年の行動、言動は感情が幼児化した症状だと考えるとつじつまが合うと息子を三年間見てきた私には思えた。
小学校三年の時に父親に強く叱られた少年はわけのわからない事をつぶやき異常な精神状態に陥った。どうも統合失調症の初期症状(統合失調症の範囲は広いので注意!)とも思える息子と似た症状のようだ。心配した両親は精神科に連れて行っている。「お母さんの構いすぎでしょう」と言われた程度らしいがこの時に「抗不安薬」の処方がなかったかどうかが重要な点だ。手記には「行った」という以上の記述はない。かなり前のことであるし薬を飲んだとしても大した薬だとも思っていないだろうし関連があるとも考えないだろうから仕方が無いが、もしこの時点で抗不安薬を一粒でも飲んでいればその後の異常行動のつじつまが合うことになる。はっきり言って精神科医が「ただで返す」わけがない。
自然に統合失調症が悪化する可能性がないわけではない。しかし「抗不安薬」は100%統合失調症を「悪化させる」のだ。添付文書にかいてあるのだから間違いない。統合失調症の患者に抗不安薬、抗うつ薬は厳禁なのだ。
薬を飲んだ時点で前頭葉が萎縮し、一般記憶や知識はそのままに「感情」だけが「半永久的に」幼児化する。わがままで言う事を聞かなくなり、抑制の効かない状態となるが、異常な状況下でもあり家族は「性格が変わった」というような認識しか持てない可能性も高い。年齢並みの感情は持てないから学校や家庭でいじめ、疎外、叱責の対象となっていく。一度幼児に戻った感情は再成長して行くが、その過程では両親の愛情が不可欠となるが三年生にもなって幼児のような甘えはこの症状が理解されない限り許されることはない。愛情不足と疎外などの負の感情が発症前の「負の記憶」とあいまっておぞましい性格異常をつくりあげてしまうことになる。もちろん少年にも両親にも何の罪があるわけではない。少年は翌年頃から動物虐待などの異常行動が顕著になって行きストーカー行為、通り魔事件、そして「酒鬼薔薇」へと繋がっていく。
動物虐待、刃物や武器への執着は幼い感情の明確な証拠である。息子もそういう時期を通り過ごし再成長していった。しかしこの少年は感情が幼児化した故に家庭や学校での無理解によって疎外され、再成長がそのストレスによって阻害されれば6年を経過しても感情は幼いままでしかなく歪んだ性格しか作られないことになる。
逮捕された時の少年の供述は意味不明な妄想に満ちていた。それをマスコミは」異常性格、快楽殺人、猟奇的、キチガイなどと表現した。おぞましいとしか思えないその思考は幼い感情が記憶や知識をコントロールできないことによって生じる現象である。幸い彼は「少年」だったこともあり「行為障害」とされ医療少年院に送られ更正プログラムが適用された。教育によってまともな人間に成長して行ったことが何より少年が薬によって感情記憶を喪失する「統合失調症」を起こし赤ん坊になっていたことを裏付ける証拠になるだろう。

ストレスからの発症であるか何らかの薬の副作用での発症であるかは明確でないが、同じ状況で罪を犯したと思われる光市母子殺害事件の犯人は18歳1ヶ月であったばかりに死刑判決を受けた。いずれにしても彼らは「脳の病気」である「統合失調症」である。彼らを処刑しても何の意味もない。 


ばかばかしいと思う方が多いだろうがこの理論の根拠となる息子の副作用の記録は下記を参照されたい。嘘のような副作用が実際に起きている。誰も真実を追究しようとしなかった結果悲劇は繰り返されているのが現実でである。

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凶悪犯罪の根本原因 感情記憶の喪失

一般記憶、知識には何の問題も無く「感情」だけが幼児や赤ん坊に戻る。嘘のような副作用が医学的に存在する事実。

 

 前回までの話を読んでもそんなバカなこと・・・という方が多いだろうと思われる。まるで映画かアニメに出てきそうな設定であるが、脳科学的に見ても医学的に見てもこの現象が起こることは事実であり確認されていることなのだ。

 本題に入る前に一般記憶と感情の違いについて話しておこう。

 たとえば子どもが「お母さんに抱っこしてもらって幸せな気持ちだった」と思っている事実があったとしよう。多くの人は「幸せだった」という気持ちが「お母さんに抱っこしてもらった」という事実とともに記憶されていると思っているだろう。しかし実際はだっこしてもらったという事実は一般記憶として大脳皮質に、幸せな気持ち感情記憶として大脳辺縁系に別々に記憶されているのだ。一般記憶から抱っこしてもらったという事実を思い浮かべた時に幸せだったという感情が呼び出されるということなのだ。つまり一般記憶や知識はパソコンのように事実を記録し、呼び出し、照合を行う「情報」であって、感情記憶は一日一日成長することで大人になっていく感情、情動、本能と一般記憶のコントロールを行う基本になるものなのだ。おわかりいただけだろうか。

 脳に何らかの損傷があった場合、例えば脳挫傷や脳梗塞などではその場所によって現れる症状が違う。外側の大脳皮質に損傷があった場合は言葉を理解できなくなったり話せなくなったり、部分的な記憶が抜け落ちたりする。また、運動機能の制御を行う部分もあるので半身マヒなどの症状も起こる。

 脳の中心部にある大脳辺縁系に損傷があると記憶や言語などには何の障害も無いのに異常な興奮状態になったり、欲望を抑えられなくなったり、乱暴になったりというまるで別人のようになってしまうことがあることが知られている。私の妻の伯父がまさしくその症状に見舞われたことを目の前で見た。そしてそれが息子に起こった「非可逆性退行」とそっくりの症状であることに気付いた。つまり薬によって大脳辺縁系が直接損傷を受けたということが明確になったのだ。

 例えば息子が飲んだ抗不安薬の一つバルブロ酸ナトリウム(商品名セレニカ、バルデケン、デパケン)の添付文書(病院や薬局ではけしてもらえない)に重篤な副作用として

「脳の萎縮、認知症様症状(健忘、見当識障害、言語障害、寡動、知能低下、感情鈍麻等)、パーキンソン様症状(静止時振戦、硬直、姿勢・歩行異常等)(頻度不明)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと。なお、これらの症状が発現した例では中止により、ほとんどが12ヵ月で回復している」

という項目がある。これが「非可逆性退行」を意味していると思われる。つまり製薬会社も起こりうることを認めているのだ。

発症頻度は不明とある。よくよく考えてみれば理解できるが、ここに記載されている症状と息子に現れた症状、あるいは凶悪犯罪を犯した人たちの症状を結びつけられる医者はゼロに等しいだろう。福島で起きた母親殺害事件でもこの薬が使われたであろうことは間違いないのに医者は一言もその可能性には触れていない。おそらく知識すらなのだろう、もともと添付文書など読んでなどいないのだ。どんなに患者が訴えてもそんな副作用は無いと否定する医者しかいないのだからどれほど高い頻度で発症していても報告されることはない。もし、脳の萎縮が起きてこれらの症状が起きた場合1~2カ月で回復するなどということはあり得ない。脳梗塞患者がリハビリにどれだけかかるかを考えればこんないい加減な数字はあるはずもない。「少なくとも」数年レベルは必要なのだ。

うそのような副作用が「起きる」ことは間違いない事をおわかりいただけただろうか。もちろん自分が変わったことに本人は全く気がつくことは無い。

この副作用は精神科で処方される抗不安薬、抗うつ薬、向精神薬を始め、違法ドラッグ、麻薬、覚せい剤などでも「高頻度」で発症する。製薬会社が考えているよりもはるかに高頻度に発症し、広範な症状を呈する感情記憶の喪失、それが凶悪事件の根本原因であることを製薬会社は知らないのか、あるいは知っていて隠蔽しているのか。
 さらに詳しくは下記をご参照いただきたい
http://toshio1131.web.fc2.com/

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