精神科医が作り出す「異常性格者」

不可解な凶悪犯罪の驚愕の真相・・・悲しみの連鎖を止めたい

池田小事件

川崎市殺傷事件 小学生を襲った本当の理由

川崎市で起きた殺傷事件の背景が次第に明らかになってきた。

犯人は両親の離婚によって叔父叔母に引き取られ育てられた。叔父叔母の実子は襲撃を受けた私立の学校に通っていたが、犯人は公立の学校に通っていたという。つまり実子と差別されていたことになりその恨みなのではないかという声が上がっている。

しかし、

 なぜ今更30年前の恨みで事件を起こすのか?

 なぜ差別したはずの叔父叔母ではなく学校の子供たちが標的になったのか?

という疑問に誰も答えることができない。

 実はこれには明確な理由があり、この反社会性人格障害が紛れもない統合失調症であることの証拠なのだ。

 統合失調症が前頭葉の萎縮によってもたらされる症状であり、その原因が抗不安作用というメカニズムであり理性・良心・人格というような「精神」を司る前頭葉のシナプスが削除されることであることを私は世界で初めて突き止めた。この事件を引き起こした「反社会性人格障害」も「前頭葉の萎縮」が原因であることがわかっている。どう考えても同じ病気でしかないのに精神科医は「違う病気」だと言い続けてきた。

 前頭葉に存在する「精神」は生後、対人関係における「学習」によって複雑なシナプスの構成として形成される。他の領域に記録される記憶や知識とは全く別のものだ。このシナプスが削除されることで症状が起きるのだが、この意味をよく考えてみよう。

 生後積み重ねられた精神を構成するシナプスが失われるとどうなるか?それは子どもに戻るということなのだ。お分かりだろうか?前頭葉が縮む→子供サイズになる、とういうことなのだ。前頭葉の機能はパソコンで言えばOSである。バージョンアップを重ねてきた最新のOSが「抗不安作用」によって「初期化」されるということなのだ。これは本来ストレス後の不安を和らげるための仕組みなのだが、この現象が強く表れるCOMT遺伝子多型という遺伝特性が日本人には多いのだ。

 小学生を襲撃した事件と言えば2001年に起きた「池田小事件」がある。状況はとてもよく似ている。標的は自分が通っていた小学校で、小さなときにいじめられた恨みではないかと言われたがやはり数十年前の恨みをなぜ?という疑問がささやかれた。

 この犯人の前頭葉は「小学生以下」でしかない。つまり「小学生の精神で理解できるのは小学生の時の怒りや悲しみでしかない」ということなのだ。51歳の大人が・・・と考えるとすべてが謎になるが、小学生が癇癪を起して暴れまわったと思えば謎はなくなる。51歳の大人が小学生以下の精神に戻ってしまうことなどありえないと思われるだろうがこれが「統合失調症の正体」なのだ。統合失調症を始め多くの精神病が「初期化」というキーワードで説明できることがその何よりの証拠なのだ。

 叔父叔母はある程度差別することは仕方なかったのだろうが犯人に対してつらく当たってきたわけではなかったと考えられる。むしろ従妹たちによって、あるいは同級生によってその違いを指摘されたことがつらい思い出になっていたのではないだろうか。前頭葉の初期化によって犯人にとっては数十年前のこの記憶が「今現在の怒り」となって事件を引き起こしたのだ。

 抗不安作用はストレスはもちろん精神科の薬、違法薬物、アレルギー薬・鎮痛剤などの薬でも起きる。アレルギーでもわかるように多くの人には何でもない物質がほんの少しで死に至らしめることがある。薬でそんなことが・・・というのは非科学的な感情論でしかない。

詳細は下記を参照してほしい。

https://toshioy001.wixsite.com/tougou


2001年池田小事件 醜聞に垣間見る退行の痕跡

醜聞に垣間見る精神科薬の副作用「退行」の痕跡

 大阪の小学校に乱入した犯人が包丁で次々と児童を刺殺した、日本の犯罪史の中でも際立つ悲惨な事件である。
 この犯人の経歴は少年期から陰湿ないたずら、動物虐待、暴力、強姦、強盗、恐喝など信じがたいほど数多くの醜聞にまみれている。罪を逃れるために精神科を利用したという前代未聞の作戦によって、この事件以降精神科の副作用説は支持されない結果となってしまった。
 精神科と関わる以前から暴力や犯罪の存在した「ごくまれな」事件の一つである。こんな犯人の肩を持つような発言をしたら全国民を敵に回しかねない。もちろんこの犯人が「本当は良識のある人間だった」などと言うつもりはない。しかしながらこの犯人も間違いなく「感情の幼児化」を発症していて精神科と関わらなければこの事件は起きなかったということだけは確かである。
 17歳の時に初めて精神科に行き、以降断続的に精神科と関わっている。21歳の時からは母親と共謀して「罪を逃れること」を目的にした詐病だったと後に供述している。全日空ハイジャック事件にヒントを得た作戦なのだろうが、これが精神科を甘く見すぎた「地獄」への入り口だった。精神科と関わる度に「感情の幼児化」が起き幾度も幼児の感情に引き戻されている。もともと素行が悪すぎるので退行が起きても誰も気づかない。その後の再成長時に愛情が育まれる事は無く、叱責され否定され続けることによってもともとの性格の悪さに加えて「負の記憶」が積み重ねられ破滅的な事件に繋がって行くのだ。
 もともと持ち合わせた性格は悪かったが、犯人は一度も大人になる事ができなかった哀れな幼児なのである。その根拠となる事実が意外な所に潜んでいる。20歳の時にどういうわけか父親を残し母親と二人で部屋を借りて暮らし始めている。おそらく暴力で母親を脅して実行したことなのだろうが、この生活の異様ぶりを週刊誌はこぞって取り上げ、異常なマザコン癖から近親相姦を疑うものまであった。
 普通ならマユツバものの内容だがこれはおそらく事実だと思っている。もちろん暴力で脅してというものであろうが、戦慄が走るようなこの行為は何を表わすものなのか?これは幼児の母親の肌を求める感情と性欲が合体した恐るべきモンスターの仕業なのである。成人がこの副作用を発症すれば異常のない知識、記憶、体を幼児の感情がコントロールすることによってこのようなことが起こりうる。異常とも思える性欲は母親を求める幼い感情の表現なのだ。しかし母親はもちろん、父親も社会もそれを認める事は出来ないから精神的に満たされる事は無く「負の記憶」だけが蓄積されて行くことになった。
 「負の性格」と「負の記憶」がこれほど相乗した例はないだろう。抗うつ薬パキシルの副作用「せん妄」がきっかけとなって事件は起きる。しかし事件後に薬を止めても後悔や反省が表れることはなく副作用説は否定される。せん妄が起きてはいてもそれは頭のどこかにあったものが拡大したものだから正常な自分がした事ではないという認識はないのだろう。自分がおかしかった事を認識することさえできず「負の記憶」が積み重ねられた幼児の感情はふてぶてしい悪魔を作り出し時間が経過しても後悔も反省も表れることはない。
 裁判で悪態をつきながらも自ら死刑を望み処刑された。しかし罪から逃れるために精神科を利用する人間が反省しているわけでもなく死刑を望むのはおかしくないだろうか。これもまた幼児化の典型的な症状の一つで死ぬことによって自らを悪のヒーローとして讃え上げようとする行為だと思われる。幼児は死を認識することも死の恐怖を持つ事もない。
 最後の最後まで悪態をつきうす笑いを浮かべるこの犯人を処刑しても「刑」としても意味をなさず「抑止」にもならない。被害者の家族にはやり場の無い怒りだけが残される。犯人は生きていない方が世の中の為だったことも確かだとは思うが、精神科と関わらなければもう少しましな人生があったかもしれない

息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 

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