ストレスに弱い遺伝特性COMT多型の存在

 眞先敏弘著「酒乱になる人、ならない人」を読み終えた。
 素人向けに書かれた本ではあるが、私のようなものには非常に難解で何度も読み返さなければ理解できない代物だった。
 眞先敏弘氏はアルコール依存症を専門とする国立療養所久里浜病院神経内科医長を務められた方で、私がALDH多型原因説を考えるきっかけになったレポートを書いた松井敏史氏も久里浜病院の医師だった方である。
 主なテーマは「酒乱になりやすい遺伝特性」で、アルコール(エタノール)の分解に関わる酵素にはアルコール脱水素酵素(ADH)とアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の二つがあるとのこと。アルコールが体内に入るとADHがアセトアルデヒドに分解し、さらにALDHが酢酸に分解し無害化していくというものである。このADHALDHという酵素に不活性型のものを持つ遺伝特性がモンゴロイドに多いとのこと。この酵素は対になっていて不活性型のものを2つ持つタイプ、活性型・不活性型をそれぞれ1つ持つタイプ、活性型を2つ持つタイプのそれぞれ3タイプが存在し組み合わせは9通りということになる。活性型2つを持っている人が正常、不活性型を持つ人が多型(たけい)と呼ばれる特異体質で分解能力が少ない、あるいは全く無いということになる。ADH多型は血中アルコール濃度の上昇が速い、つまり酔いが速く泥酔しやすいということになり、ALDH多型は副生物であるアセトアルデヒドを分解できないということになる。アセトアルデヒドは顔が赤くなったり気分が悪くなったり、頭痛、二日酔いなどの悪さをする毒性を持っていてこれが分解できない人は基本的に酒に弱い、あるいは酒を受け付けない「下戸」ということになる。眞先氏はALDHが正常で、ADHが不活性型2つのタイプの組み合わせが最も「酒乱」になりやすいと結論付けている。

この本にたどりついたきっかけは「酒乱=性格が変わる副作用=統合失調症」という私の仮説からである。これまでALDH多型が関係しているのではと考えてきたが、自殺が多発している国を調べていて「酒豪」の多い国と重なっていることに気付いたからである。ALDH多型は「下戸」で酒を受け付けないタイプのはずで矛盾が生じる。さらにアルコールが法律で禁止されているアボリジニはALDH多型ではなくADH多型なのだという事実もわかった。

この本では「酒乱になりやすい人」を特定しているものの、酒乱の原因そのものについては「よくわかっていない」と締めくくっている。「酒乱」とは字のごとく酒を飲んで乱れる人であるが「はめをはずす」領域を超えて性格が極端に変わったり、暴力、犯罪につながる例もあり医学的には「複雑酩酊」「病的酩酊」と呼ばれているらしい。アボリジニの飲酒が法律で禁止されているのも「酒乱」が原因であること自体は間違いない。この現象が酩酊なしで起こるのが睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬によって「性格が変わる」副作用だと考えていた私は、「振りだしに戻された」そう思ったのだが・・・。

この本には「参考まで」にということで脳の機能やストレス、アルコールの脳への影響などについての記述がある。アルコールに関連して切り離せない分野だからということだろうが、何とここにすべての答えが記されていたのだから犬も歩けば何とかである。

要点のは下記のようなもので下線部は私見である。

・エタノールの抗不安作用

エタノールが脳の活動を抑制する(鎮静作用)脳内化学物質GABAの活動を促進し、脳の活動を活発にする(興奮作用)NMDAの活動を抑制する働きがあることが記載されている。この作用は抗不安薬、睡眠薬の機序と同じものとされている。つまりエタノールには酩酊作用だけでなく抗不安・睡眠誘導作用があるということで、この段階でアルコールと抗不安薬などが脳に及ぼす影響が共通していることが分かる。酒乱=性格が変わる副作用という定義も間違っていない可能性が高い。

・COMT(catechol-O-methyltransferasc)遺伝子多型

私はストレスに弱く精神疾患を発症しやすい遺伝特性が存在する仮説を立てていて、その特性が副作用の発症と密接な関連があることを発言してきた。それがALDH多型であることは否定されたが、COMTと呼ばれる遺伝子の多型によるものであることが2003年にサイエンス誌に報告されていたということなのだ。ミシガン大学のJon-Kar Zubieta教授の論文で、脳の重要な神経伝達物質であるドーパミンやノルアドレナリンを合成する役目を果たしているといわれるこの遺伝子の多型には、やはり不活性型を2つ持つタイプと活性型、不活性型を一つづつ持つタイプ、活性型を2つ持つタイプがあってストレス耐性が違うという。不活性型を持つタイプの人間は「痛み」を感じやすく感受性が強いということなのだ。論文の要約が

http://www.shiga-med.ac.jp/~koyama/analgesia/react-sensitivity.html

に公開されている。

この遺伝特性は日本では東北北西部(秋田、青森、山形,、新潟、岩手周辺)の白人の遺伝子が入っていると言われている肌の白い遺伝タイプをルーツとする人に多いのではないかと私は考えている。この地域が日本で一番うつ病の発症率が多く自殺率が高いのには「寒いから」などという馬鹿げたことではない理由があると考えるべきだろう。高知、宮崎なども高いので別の遺伝ルートも考えられる。この遺伝特性はADDやADHDなどの発達障害と極めて強い関連がある可能性が高く、その発症率から考えれば不活性2つのタイプは5~10%程度存在している可能性がある。世界的に見ればユーラシア大陸のモンゴロイドを中心に東はアラスカ・グリーンランドなどのイヌイット、西は東ヨーロッパのスラブ人、東南アジアやオーストラリアのアボリジニまで分布していると考えられ、日本を含め自殺率が極めて高い国が並んでいる。西ヨーロッパを中心とした純粋なコーカソイド、アフリカ大陸を中心としたネグロイド、アメリカインディアンにはほとんど存在しないと思われる。どういうわけか「酒乱になりやすい遺伝特性」と分布が重なるように思えるから何らかの関連があるのかもしれない。

この遺伝特性を持つ人はストレスに弱く精神疾患を発症しやすいということになる。それはストレスによって生じる特定の化学物質を分解できないからだと考えられる。

・胎児アルコール症候群 子供が飲酒してはいけない理由

赤ちゃんにとってエタノールが如何に有害であるかという項目の中で実験例が紹介されている。生後7日目のラットにエタノールを投与したところ、前脳(将来大脳になる部分)の多数の神経細胞(一匹当たり平均約1000万個)がアポトーシス(神経細胞の自殺)を起こしていたというデータが2000年の「サイエンス誌」に掲載された。これはエタノールの毒性によるものでエタノールがNMDA受容体の働きを阻害することと関連しているらしい。特に神経細胞がシナプスを形成して脳のネットワークを作っていこうとしている胎児期にこの作用が起こりやすいとされている。  

シナプスを形成する活動が盛んな思春期にもこの作用が起こることが指摘されていて未成年者のアルコール依存症(ヤングアルコホリック)の特徴の中で人格障害、うつ病、不安障害などの精神障害が多く、特に女性のヤングアルコホリックは70%に摂食障害、中でも過食症を併発しているとのこと。これらの症状がストレスによって起こる精神疾患と同じものであることがよくわかる。



お分かりいただけるだろうか。ストレスに弱い遺伝特性に生じる精神疾患の特徴がアルコールによって生じるヤングアルコホリックの特徴と同じであること、さらに「複雑酩酊」「病的酩酊」も酩酊状態を除けば同じものであることアルコールと抗不安薬、睡眠薬のGABA、NMDAに対する効果が同じであること神経細胞のアポトーシスがこれらの症状を起こすと考えればつじつまが合うということである。どういうわけか眞先氏はこれらの明確な点を記載しながらそれを線で結ぼうとしていないのが不思議である。

すなわちCOMT多型の人間はたとえ大人であってもストレスや抗不安作用を持つ物質(アルコール、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、麻薬、覚醒剤)が多量の神経細胞のアポトーシスを起こし、一時的、あるいは半永久的に前頭葉の機能が低下するということである。このアポトーシスでは記憶知識や言語・運動機能などの異常は見られないことから「人格、理性」を司る前頭葉に限定して起こると考えられる。

この現象は原始的な生存本能に由来するものと私は考えている。ストレスを生命の危機と感じた脳が危機を回避するため社会性、理性、愛情などの「感情の記憶」をシャットダウンし、防衛、攻撃態勢をとるシステムなのではないか?つまり「感情の記憶」が幼児や赤ん坊の状態にリセットされることによってこれらの症状が起きると考えればすべての症状のつじつまが合う。すなわちこれは正気を失って別の人格に支配される「一種の統合失調症」であり、ストレスが原因で発症する統合失調症も同じ理屈で起きると考えるべきである。本来ストレスによって引き起こされる現象がアルコールや抗不安作用を持つ物質でも起きるということなのだ。

神経細胞のアポトーシスに関する記述で「エタノールは成人の脳にある成熟した細胞を殺す作用は比較的弱いのですが・・・」という文がある。比較的弱いということは「若干は起こる」ということになる。この若干起きるアポトーシスがストレスの「感情記憶」を消し去ることで抗不安効果をもたらすのではないか?これがCOMT多型以外の人間に対する抗不安薬の機序なのではないかと私は考えている。

結論としてCOMT多型の人間に対しては睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬は「人格を破壊する劇薬」ということになる。この症状は理性、社会性、人格、愛情を奪い去り、性格を変え、自殺、興奮、暴力、犯罪、統合失調症を引き起こす。日本における精神疾患の患者はうつ病も含めCOMT多型の人間が前頭葉の神経細胞アポトーシスによって引き起こされた「統合失調症」が大半であって欧米における「うつ病」と同じものはごくわずかということだ。精神科医は欧米からそのまま持ち込んだ「絶対にしてはいけない」治療を100年以上何の疑問も抱かずに続けてきたことになる。COMT多型でない人間でも思春期などは危険だということは、「発達障害が薬で治ります」と宣伝し続けてきた製薬会社と精神科医の姿勢は「とんでもない間違い」であって、どれだけの人生を奪ってきたことだろうか。

確かにこの事実は発表されてまだ日が浅いから知らなくても仕方ないが、目の前でこの副作用が起きるのを見ながら、多くの患者が副作用であることを訴えていながら「もともとの精神疾患が悪化した」と言ってはばからなかった精神科医を私は同じ人間とは思えない。日本だけでもこの副作用によって年間1万人が自殺し、多くの人間の人生が奪われている。何の罪も無い人間を不可解な凶悪犯罪に駆り立て何の罪も無い人の命を奪っていく。これは戦争・紛争を除けば最大の「犯罪」である。

息子に起きたこの副作用の記録と考察は下記を参照してほしい(一部未更新)
 

http://toshioy001.wix.com/tougou