精神科医が作り出す「異常性格者」

不可解な凶悪犯罪の驚愕の真相・・・悲しみの連鎖を止めたい

コロンバイン高校銃乱射事件の知られざる真相

犯人エリックは抗うつ薬が作りだしたサイコパスだ


 1999年に米のコロンバイン高校で起きた事件で教師1名を含む13名が死亡、24名が重軽傷を負った当時史上最悪の銃乱射事件である。

 犯人はエリックとディランというこの学校の二人の生徒だった。二人は手製の爆弾を数ヶ所に設置し爆発の混乱に乗じ銃乱射を行う計画だったが爆弾が不発に終わり銃を乱射して最後は自殺した。

 主犯はエリックで計画作成や爆弾制作や銃の購入などのほとんどを行い、死傷者のほとんどがエリックの銃によるものだった。ディランは死に場所を求めて追随した程度でためらいがあり銃もあまり発砲した形跡が無い。二人は学校内でいじめを受けており復讐心を抱いての犯行だと言われている。

 エリックは白人中流家庭で不自由なく育ったが、気が小さく体格も貧弱でいじめの対象になっていたようだ。その反動からか素行が悪く、度を過ぎたいたずらや小さな事件を度々起こし悪評が高かった。いつ頃かははっきりしないが抗うつ薬を常用していた。

 ディランは小学校の時には優秀な成績だったが、おとなしく内向的な性格から次第に孤立しいじめの対象となったと言われている。エリックと違い悪評は少ない。

 事件の一年前車上荒らしを行いエリック、ディランを含む数人が逮捕され更生教育プログラムの対象となった。この頃から復讐の計画を立てていたとされる。



 エリックは米でサイコパスと呼ばれる猟奇的で残虐な事件を笑いを浮かべながら実行するような性格異常者だったとされる。確かにそうでもなければ高校生がいくらいじめを受けていたとはいえこれほどの事件を起こす理由にはならないだろが、本当に高校生のサイコパスが存在するのだろうか?

 エリックは抗うつ薬を常用していた。一年前の車上荒らしの更生プログラムの中で精神科の医師に薬の効きが悪い事を訴えそれまでの抗うつ薬から「ルボックス」という薬に変えた。その直後から彼は復讐の計画を立て始める。逮捕された逆恨みからだと言われているが果たしてそうなのだろうか。

 ルボックスには興奮、せん妄、攻撃性が増すなどの副作用があるとされ、事件との関連も取りざたされ一時販売中止に追い込まれた。しかし副作用説は立証されずルボックスもやがて復活する。

 訴訟社会の米でも立証されなかったルボックスの副作用、そこには日本の事件と同じ「明確な副作用が見られたとは言えない」という壁が立ちはだかっている。

 主な理由は次のようなものだろう

・顕著なせん妄や攻撃性が増すという症状があったのか

これについては以前からの素行の悪さがアダとなって多少のことは目立たなかったという可能性もあるが、親がその異常さに気付くような症状は出ていなかったのだと思われる。

・その副作用は短期的なものだったのか

薬を止める必要があると思われる症状はなく、短期的な症状は表れていないと考えるべきだろう

・日常的に異常な状態があったのか

学校には通っていて、同級生からもけして好まれない性格ではあったとしても精神異常とまでは言えない状態だった。しかし一方では親や同級生に悟られず密かに爆弾の製造や実験を繰り返していた。



 このようなことから副作用によるものではなく「異常性格」による犯行とされてしまったのだろう。もし犯人が自殺しなければ薬を止めた事による経緯も観察されることになったろうが、それでも大きく性格や精神状態が変わる事はなく副作用ではなかったとされただろう。これまで言われている副作用は「当てはまらない」のである。日本での凶悪事件の多くもこの例に含まれる。



 けれども私は断言する。極端な犯罪的家庭環境でも無い限り高校生の「サイコパス」は存在しない。エリックの家庭にその傾向は見られない。エリックはルボックスの副作用によって「サイコパス」にされたのだ。これまで言われている副作用とは全く異なる半永久的に「同じ記憶を持った幼児」という「別人」をつくりだす副作用が抗うつ薬、抗不安薬を始めとする精神科薬で高頻度に起きている。人の感情を計るものさしがないのをいいことに精神科医も製薬会社もけして認めようとしない信じがたい副作用が存在するのだ。薬を飲みながらこの犯罪が起きたのだから「副作用ではない」と主張するなら何の治療効果もない「インチキ薬」だということが証明されたことになる。
 薬は脳の中心部にある感情脳を萎縮させ感情記憶を破壊し、知識や一般記憶はそのままに「感情」だけが幼児化する。幼児化した「感情が」負の性格と負の記憶をコントロールする事が出来ずに凶悪事件は起こる。

 不幸な事にこの副作用が事件に繋がるためには負の性格と負の記憶が必要である。「素行」の良くなかった人間、憎しみや復讐を想起したことのある人間が起こすことになる。したがって以前から性格が悪かった、いじめられていたというような「原因説」を生む結果になってしまうのだ。

 副作用は該当しないが副作用でなかったと断言するにも疑問が残るという事件はすべてこの副作用によるものである。真相は誰にも気づかぬまま、あなたやあなたの家族が犠牲になって行く。



息子に起きた詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 


 


 


 


 

息子に何が起きたのか

息子に何が起きたのか 驚愕の副作用との出会い

 

小学校六年の息子はもともと軽度の発達障害を持っていた。言うことが聞けない、みんなと同じことができない、落ち着きが無いなどのことから同級生から仲間外れにされ、教師からは精神的虐待を受け、父親から強く叱責されることによって追い詰められ卒業間際にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する。叱られたり強いストレスがかかると失神やフラッシュバック発作を繰り返すようになった。精神科に行き抗不安薬セレニカを処方された。何の知識もなかったその頃の私は大して疑問を感じる事もなく服用させた。

翌日目を覚ますと大きな声で鼻歌を歌い始め、言葉使いが乱暴になった。どうしたのだろうと思っているうちに友達の家に送って行けという。天気もいいので自転車で行きなさいとと言うと「でも撲、転ぶよ」と言い始めた。その言動のあまりの不可解さに副作用を疑った。さらに、わがままが強くなり、食べたいものを食べたいだけ食べ、コンビニやスーパーではいくらだめだと言ってもたくさんの商品をかごに入れるようになり、叱ると発作を起こした。テレビゲームに異常興奮しうまくいかないと「コンピューターが壊れてるコントローラーを放り投げた。医者は副作用かもしれないというのでとりあえず薬は止めたが3週間経っても一向に回復しなかった。その後はいくら訴えてもそんなに長い副作用はあり得ないという一点張りだった。写真を撮ってみると以前とは明らかに表情が違う事に気付いた。家族以外はけして気づくことのない変化だがどう考えても今までとは違う別人のようだった。異常な状態ではあったがこの時点ではまだかろうじて家庭生活も成り立ち、学校に行く事も可能だった。

その後もPTSDの発作は頻繁に起き続いた。どうすべきなのかかなり迷ったが素人にはどうする事も出来ない。結局は医者の言うまま別の抗不安薬リボトリールを服用させた。帰り道で車の窓ガラスに頭をぶつけ始め、帰宅すると激しい錯乱状態となった。叫び、暴れ、暴力をふるう、その身の毛のよだつような恐ろしさに血の気を失った。翌日はやや落ち着いたものの半錯乱状態は続き病院に連れて行こうとすると抵抗して暴れ、母親の首を本気で締めようとした。車を止めてあわてて引き離したが母親一人だったら、息子が高校生だったらと思うとぞっとした。目を吊り上げ不気味な笑いを浮かべて走行中のドアを開けようとしたりする息子の姿は以前の姿から想像することなど不可能なおぞましいものだった。薬のせいだとは思いながらも親が絶対見てはいけない子どもの姿を見た衝撃はあまりにも大きかった。確かに翌日には錯乱状態は落ち着きを見せたが、以前の薬の副作用がさらにひどくなったような状態は長く収まらず、それどころか時々下あごを突きだしうすら笑いを浮かべて発作的に暴力をふるうようになった。その時はいくら声をかけても聞こえないような、気が狂ったような、意識がまるでないような不気味な姿を見せるようになった。医者にいくら説明しても副作用ではないというだけだった。

私たちは仕事を放り出し必死になって何件もの精神科を訪ねた。しかし副作用ではない、家庭内暴力なのではというような的外れのことを言われ続けた。興奮した時に呼吸が止まるような症状も出て恐ろしくなって救急車を呼んだが病院に着く頃には収まって相手にさえしてもらえなかった。

ある病院の脳波検査で「赤ん坊の脳波が出ている、医大で精密検査をするように」と言われた。わけのわからぬまま医大に予約をとってみたが検査の予約をするだけで一週間もかかってしまう状態だった。一通りの検査をした結果医師の出した結論は解離性同一障害(多重人格)と感情だけが赤ん坊に戻ってしまうという「退行」だった。呼吸が止まるのは憤怒失神と言う赤ん坊の病気だという。私は初めその診断を信じることはできなかった。「違う、そんな病気ではなく副作用だ」と何度叫んだことだろう。

しかし症状はすべて一致した。息子は12歳の記憶を持つ赤ん坊になり、時折恐ろしい妖怪のような別人になった。日常生活でそれまで出来ていたさまざまなことが出来なくなり、遊びや行動が幼児化する。体の大きい中学生を相手に、もう一度幼児期を繰り返さなければならない。我が目を疑うそれらの症状は想像を超えて過酷で悲惨なものである。当然学校には行けなくなり引きこもりの状態となって行き、赤ん坊が育つように感情が成長するのを待つ以外に何の治療方法もない。

妻はそれ以前から仕事と家庭のストレスでうつ病を発症していて、息子の発病とともに悪化の一途をたどり異常行動や自殺未遂を繰り返すようになった。一家心中と背中合わせの誰も助けてくれない絶望の中で、喪失感と深い悲しみ、自ら原因を作った自責の思いを抱えながらの3年に渡る闘いの日々が始まった。

私は3年の間症状と回復の過程を記録に取り続けた。初めは患者の言う事をろくに聞こうとともしない医者に説明する為だったが、次から次に湧いてくる疑問を調べ考えて行くうちに自分が恐ろしい事実に関わろうとしている事に気付いた。

 いくら調べても「退行」という副作用も病気も存在しないこと、高い発症率、凶悪事件との関連、抗うつ薬の副作用、脳梗塞の後遺症との酷似・・・。いつのまにか私は誰も解いた事の無い、解いてはいけないパズルを解いてしまった。

詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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2005年 寝屋川事件の真相

抗うつ薬によって起きた「感情の幼児化」による動機なき犯行 少年は発達障害では無かった 幼児の感情が妄想をコントロールできずに起きた事件

 

 2005年に大阪府寝屋川市で起きた市立中央小学校に侵入した少年が教師や栄養士3人を殺傷した事件。17歳の少年は同校の卒業生だった。
 小学校の頃からいじめに逢い中学校で不登校となるが成績は優秀だった。どのような経緯かはわからないが2004年から思春期外来に通院し抗うつ薬などの投与を受けているが、殺人衝動が抑えられないとか「キチガイ」になったというような理由でない事は間違いない。心理状態が不安定となり2005年なると自室に包丁を隠し持つなどの異常行動が見られるようになった。
 警察が駆けつけてきたときには少年は職員室の窓際に煙草をふかして立っていた。
 精神鑑定では「広汎性発達障害」と診断されたが裁判では責任能力があるとされ懲役15年となった。

この事件も感情の幼児化による特徴がすべて当てはまる。

・動機があやふや
・これだけの事件を起こしながら動転した様子が見られない
・症状が一時的なものではなくこれまでの抗うつ薬の副作用では全く説明がつかない
・逃げようとする意思がない
・反省や後悔の念が見られない
・意味不明な供述
・犯行時も取り調べ時も無感情

 17歳の少年が初めて人を殺したのに動揺する事もなく警察が来るのを煙草をふかしながら待っている、この状態をあなたは「あり得る」と考えるのだろうか?
 「キチガイ」だから仕方が無い、多くの人が抱くこの考え方はあまりにも短絡的である。このおかしさに専門家もジャーナリストも気がつかないなんてどうかしている。社会が生んだ精神病?と「専門家」がうそぶけば多くの国民は納得してしまう。家族だけが違和感と罪悪感を持ちながら死ぬまで苦しみ続ける。
 広汎性発達障害が凶悪事件の原因というのも見当違いだ。発達障害が殺人鬼を作り出すなどという理論はあまりに馬鹿げている。両親は発達障害に気づかなかったと証言している。少年は発達障害ではなかったのに薬を飲んで発達障害にさせられたのだから当然だ。感情の幼児化は精神科医にとっては究極の発達障害という見方になる。両親が突然訪れたこの変化を多感な思春期の一時的な変化としか捉えなかったとしても不思議ではない。もちろん解離性障害や錯乱の症状は無い。
 少年は薬によって感情記憶を失い同じ記憶と知識を持った幼児にさせられた。幼児の感情が「負の記憶」と直接の副作用である一時的なせん妄や焦燥によって作られる「殺らなければならない」という妄想をコントロールすることが出来ずに起こした事件であることは100%確実である。無感情な殺人鬼は薬が作りだしたモンスターでしかない。
  この事件を薬の副作用だと考えた方は少なくない。しかしこれまでの抗うつ薬の副作用の考え方では全く説明がつかず、何が起きているのか説明できた人はいない。それはこの副作用を誰も記録した事が無く研究しようとした事がなかったからだ。精神科医が患者の訴えに耳を傾けていたらこんな事件は起きずに済んだ。

 この驚愕の事実が誰にも知られぬまま悲しみの連鎖が繰り返されて行く。私はそれをどうしても止めたい


息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

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2001年池田小事件 醜聞に垣間見る退行の痕跡

醜聞に垣間見る精神科薬の副作用「退行」の痕跡

 大阪の小学校に乱入した犯人が包丁で次々と児童を刺殺した、日本の犯罪史の中でも際立つ悲惨な事件である。
 この犯人の経歴は少年期から陰湿ないたずら、動物虐待、暴力、強姦、強盗、恐喝など信じがたいほど数多くの醜聞にまみれている。罪を逃れるために精神科を利用したという前代未聞の作戦によって、この事件以降精神科の副作用説は支持されない結果となってしまった。
 精神科と関わる以前から暴力や犯罪の存在した「ごくまれな」事件の一つである。こんな犯人の肩を持つような発言をしたら全国民を敵に回しかねない。もちろんこの犯人が「本当は良識のある人間だった」などと言うつもりはない。しかしながらこの犯人も間違いなく「感情の幼児化」を発症していて精神科と関わらなければこの事件は起きなかったということだけは確かである。
 17歳の時に初めて精神科に行き、以降断続的に精神科と関わっている。21歳の時からは母親と共謀して「罪を逃れること」を目的にした詐病だったと後に供述している。全日空ハイジャック事件にヒントを得た作戦なのだろうが、これが精神科を甘く見すぎた「地獄」への入り口だった。精神科と関わる度に「感情の幼児化」が起き幾度も幼児の感情に引き戻されている。もともと素行が悪すぎるので退行が起きても誰も気づかない。その後の再成長時に愛情が育まれる事は無く、叱責され否定され続けることによってもともとの性格の悪さに加えて「負の記憶」が積み重ねられ破滅的な事件に繋がって行くのだ。
 もともと持ち合わせた性格は悪かったが、犯人は一度も大人になる事ができなかった哀れな幼児なのである。その根拠となる事実が意外な所に潜んでいる。20歳の時にどういうわけか父親を残し母親と二人で部屋を借りて暮らし始めている。おそらく暴力で母親を脅して実行したことなのだろうが、この生活の異様ぶりを週刊誌はこぞって取り上げ、異常なマザコン癖から近親相姦を疑うものまであった。
 普通ならマユツバものの内容だがこれはおそらく事実だと思っている。もちろん暴力で脅してというものであろうが、戦慄が走るようなこの行為は何を表わすものなのか?これは幼児の母親の肌を求める感情と性欲が合体した恐るべきモンスターの仕業なのである。成人がこの副作用を発症すれば異常のない知識、記憶、体を幼児の感情がコントロールすることによってこのようなことが起こりうる。異常とも思える性欲は母親を求める幼い感情の表現なのだ。しかし母親はもちろん、父親も社会もそれを認める事は出来ないから精神的に満たされる事は無く「負の記憶」だけが蓄積されて行くことになった。
 「負の性格」と「負の記憶」がこれほど相乗した例はないだろう。抗うつ薬パキシルの副作用「せん妄」がきっかけとなって事件は起きる。しかし事件後に薬を止めても後悔や反省が表れることはなく副作用説は否定される。せん妄が起きてはいてもそれは頭のどこかにあったものが拡大したものだから正常な自分がした事ではないという認識はないのだろう。自分がおかしかった事を認識することさえできず「負の記憶」が積み重ねられた幼児の感情はふてぶてしい悪魔を作り出し時間が経過しても後悔も反省も表れることはない。
 裁判で悪態をつきながらも自ら死刑を望み処刑された。しかし罪から逃れるために精神科を利用する人間が反省しているわけでもなく死刑を望むのはおかしくないだろうか。これもまた幼児化の典型的な症状の一つで死ぬことによって自らを悪のヒーローとして讃え上げようとする行為だと思われる。幼児は死を認識することも死の恐怖を持つ事もない。
 最後の最後まで悪態をつきうす笑いを浮かべるこの犯人を処刑しても「刑」としても意味をなさず「抑止」にもならない。被害者の家族にはやり場の無い怒りだけが残される。犯人は生きていない方が世の中の為だったことも確かだとは思うが、精神科と関わらなければもう少しましな人生があったかもしれない

息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

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赤ん坊の犯罪を裁けるか

精神科の関係する凶悪事件の犯人は高校生や成人のように見えても赤ん坊か幼児でしかない。赤ん坊や幼児をあなたは死刑にできるだろうか。

精神科の関係する不可解な凶悪事件を調べて行くうちに、これまで可能性を指摘されていた抗うつ薬の副作用「せん妄」「攻撃性」が当てはまらないものがほとんどである事がわかってきた。根本的な原因は「退行」だったのだ。直接の副作用で起きるのは家庭内暴力程度までであって第三者を標的とした凶悪事件は起きない。抗うつ薬に関しては退行が起きた上で直接の副作用が加わる可能性が高い。誰も知らないこの副作用が凶悪事件を起こしていた。精神科医も専門家も知らず、副作用を疑う方々さえも考え方を間違っていた。裁判で可能性さえ指摘されないのは当然の結果なのだ。

凶悪事件の犯人は高校生や成人のように見えても赤ん坊か幼児なのである。確かに大人の体と記憶が引き起こす犯罪は重大なものである事は間違いないが、赤ん坊や幼児がした事を凶悪だ、死刑だとあなたは言えるだろうか。息子が三年の間にした事をもって、どうしようもない悪い子だとあなたは言えるだろうか。今は暴力もふるうこともなく、猫と一緒にベッドで眠り、気が向いた時だけではあるがお手伝いもしてくれる高校生である。三年の間にしたことで悪い子だと言われたり、犯罪者と呼ばれ処刑されたり、服役しなければならないというのはあまりにも理不尽である。

よく考えてほしい。本当に凶悪なものを持ち合わせた人間が精神科に行って薬を飲むだろうか。ほとんどがうつ病、恐怖症、不眠、不安障害、発達障害、不登校などで精神科を受診したにすぎず、殺人衝動が止められずに病院に行った人間はまずいない。それがなぜ精神科の治療を受けながら凶悪犯罪の犯人になってしまうのだろう。本来彼らに何の罪もないことはこの事だけでも十分証明されるのではないだろうか。

少年の場合は刑法が適用される事はなく矯正教育の対象となるからまだ救われるが、成人はせいぜい心神耗弱で減軽される可能性がある程度だ。成人であっても感情は幼児でしかないのだから本来は少年法が適用されなければならないと私は思う。

多くの方は自分の感情というものが絶対なものであって、変わっていく自分に気がつかないなどということはあり得ないと思っている。全てのものごとは「考えていたこと」まで正確に記憶している中で、それまでとは全く違った性格になったことに気がつかないなどということはあり得ないと思っているだろう。残念ながらそれは無知な思い込みに過ぎない。脳の構造と働きを冷静に、科学的に分析すれば当然起こりうることなのだ。脳梗塞がそれを起こすのだから間違いない。人は退行に限らず感情の変化をその時点ではけして認識することができない。

 私たちは脳の不思議さを何もわかっていない。普通に成長し普通に生活している分にはその不思議さを考える必要もなく、その理解を超えたものを異常者として排除することしか考えない。

 凶悪事件の犯人を擁護するような発言をすると抗議が殺到する国柄であることはわかっている。確かに犠牲になった方の気持ちは犯人を自分で殺しても足りないくらいのものだろう。しかし薬で犯罪者にされただけの小心者を処刑しても悲しみの連鎖は止められない。凶悪事件を無くしたいなら、同じ悲しみを味わう人を一人でも少なくしたいのなら、真犯人である製薬会社と精神科医を訴えなければならないことをわかっていただきたい。どれだけの人が被害者として、加害者として犠牲になっているかを考える時、何一つ罪を問われることの無い両者への怒りを私は止められない。これは製薬会社と精神科医によって仕組まれた誰にも気づかれず、何の証拠も残すことなく人の心を操る事によって引き起こされる「完全犯罪」である。

刑務所に入ろうが死刑になろうがどうでもいいような、社会に迎合できないから精神科に行く、「普通」に生活している方にとっては必要のない「屑」のような人間なのかもしれない。しかしそれでも愛してやまない家族がいる事を忘れないでほしい。自分の家族が薬で犯罪者にされたらあなたは平気でいられるだろうか。

精神科の薬さえ飲まなければこれらの犯罪はけして起きる事は無かった。それまでの人生を奪われた上、通常の意識の遥か彼方で起こしてしまった事件で人とは思えぬ扱いをされ、罪を背負わされ死刑にされたり、一生を刑務所で過ごさなければならない彼らの人生はあまりにも不条理に満ちている。

もちろん私たち家族のように、事件には至らなくても、苦しみ傷つき、悲しみの内に長い時間を過ごさなければならない方はもっとたくさんいるに違いない。病名すら診断されず副作用であることも認められぬまま、中には一家心中や自殺、家族崩壊などに至っているケースが少なからずあるはずだと思う。私達家族は何度もあったその危機を運良く乗り越えて来たにすぎない。

息子に起きたこの副作用の詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

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