精神科医が作り出す「異常性格者」

不可解な凶悪犯罪の驚愕の真相・・・悲しみの連鎖を止めたい

2005年 寝屋川事件の真相

抗うつ薬によって起きた「感情の幼児化」による動機なき犯行 少年は発達障害では無かった 幼児の感情が妄想をコントロールできずに起きた事件

 

 2005年に大阪府寝屋川市で起きた市立中央小学校に侵入した少年が教師や栄養士3人を殺傷した事件。17歳の少年は同校の卒業生だった。
 小学校の頃からいじめに逢い中学校で不登校となるが成績は優秀だった。どのような経緯かはわからないが2004年から思春期外来に通院し抗うつ薬などの投与を受けているが、殺人衝動が抑えられないとか「キチガイ」になったというような理由でない事は間違いない。心理状態が不安定となり2005年なると自室に包丁を隠し持つなどの異常行動が見られるようになった。
 警察が駆けつけてきたときには少年は職員室の窓際に煙草をふかして立っていた。
 精神鑑定では「広汎性発達障害」と診断されたが裁判では責任能力があるとされ懲役15年となった。

この事件も感情の幼児化による特徴がすべて当てはまる。

・動機があやふや
・これだけの事件を起こしながら動転した様子が見られない
・症状が一時的なものではなくこれまでの抗うつ薬の副作用では全く説明がつかない
・逃げようとする意思がない
・反省や後悔の念が見られない
・意味不明な供述
・犯行時も取り調べ時も無感情

 17歳の少年が初めて人を殺したのに動揺する事もなく警察が来るのを煙草をふかしながら待っている、この状態をあなたは「あり得る」と考えるのだろうか?
 「キチガイ」だから仕方が無い、多くの人が抱くこの考え方はあまりにも短絡的である。このおかしさに専門家もジャーナリストも気がつかないなんてどうかしている。社会が生んだ精神病?と「専門家」がうそぶけば多くの国民は納得してしまう。家族だけが違和感と罪悪感を持ちながら死ぬまで苦しみ続ける。
 広汎性発達障害が凶悪事件の原因というのも見当違いだ。発達障害が殺人鬼を作り出すなどという理論はあまりに馬鹿げている。両親は発達障害に気づかなかったと証言している。少年は発達障害ではなかったのに薬を飲んで発達障害にさせられたのだから当然だ。感情の幼児化は精神科医にとっては究極の発達障害という見方になる。両親が突然訪れたこの変化を多感な思春期の一時的な変化としか捉えなかったとしても不思議ではない。もちろん解離性障害や錯乱の症状は無い。
 少年は薬によって感情記憶を失い同じ記憶と知識を持った幼児にさせられた。幼児の感情が「負の記憶」と直接の副作用である一時的なせん妄や焦燥によって作られる「殺らなければならない」という妄想をコントロールすることが出来ずに起こした事件であることは100%確実である。無感情な殺人鬼は薬が作りだしたモンスターでしかない。
  この事件を薬の副作用だと考えた方は少なくない。しかしこれまでの抗うつ薬の副作用の考え方では全く説明がつかず、何が起きているのか説明できた人はいない。それはこの副作用を誰も記録した事が無く研究しようとした事がなかったからだ。精神科医が患者の訴えに耳を傾けていたらこんな事件は起きずに済んだ。

 この驚愕の事実が誰にも知られぬまま悲しみの連鎖が繰り返されて行く。私はそれをどうしても止めたい


息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 


 


 

2001年池田小事件 醜聞に垣間見る退行の痕跡

醜聞に垣間見る精神科薬の副作用「退行」の痕跡

 大阪の小学校に乱入した犯人が包丁で次々と児童を刺殺した、日本の犯罪史の中でも際立つ悲惨な事件である。
 この犯人の経歴は少年期から陰湿ないたずら、動物虐待、暴力、強姦、強盗、恐喝など信じがたいほど数多くの醜聞にまみれている。罪を逃れるために精神科を利用したという前代未聞の作戦によって、この事件以降精神科の副作用説は支持されない結果となってしまった。
 精神科と関わる以前から暴力や犯罪の存在した「ごくまれな」事件の一つである。こんな犯人の肩を持つような発言をしたら全国民を敵に回しかねない。もちろんこの犯人が「本当は良識のある人間だった」などと言うつもりはない。しかしながらこの犯人も間違いなく「感情の幼児化」を発症していて精神科と関わらなければこの事件は起きなかったということだけは確かである。
 17歳の時に初めて精神科に行き、以降断続的に精神科と関わっている。21歳の時からは母親と共謀して「罪を逃れること」を目的にした詐病だったと後に供述している。全日空ハイジャック事件にヒントを得た作戦なのだろうが、これが精神科を甘く見すぎた「地獄」への入り口だった。精神科と関わる度に「感情の幼児化」が起き幾度も幼児の感情に引き戻されている。もともと素行が悪すぎるので退行が起きても誰も気づかない。その後の再成長時に愛情が育まれる事は無く、叱責され否定され続けることによってもともとの性格の悪さに加えて「負の記憶」が積み重ねられ破滅的な事件に繋がって行くのだ。
 もともと持ち合わせた性格は悪かったが、犯人は一度も大人になる事ができなかった哀れな幼児なのである。その根拠となる事実が意外な所に潜んでいる。20歳の時にどういうわけか父親を残し母親と二人で部屋を借りて暮らし始めている。おそらく暴力で母親を脅して実行したことなのだろうが、この生活の異様ぶりを週刊誌はこぞって取り上げ、異常なマザコン癖から近親相姦を疑うものまであった。
 普通ならマユツバものの内容だがこれはおそらく事実だと思っている。もちろん暴力で脅してというものであろうが、戦慄が走るようなこの行為は何を表わすものなのか?これは幼児の母親の肌を求める感情と性欲が合体した恐るべきモンスターの仕業なのである。成人がこの副作用を発症すれば異常のない知識、記憶、体を幼児の感情がコントロールすることによってこのようなことが起こりうる。異常とも思える性欲は母親を求める幼い感情の表現なのだ。しかし母親はもちろん、父親も社会もそれを認める事は出来ないから精神的に満たされる事は無く「負の記憶」だけが蓄積されて行くことになった。
 「負の性格」と「負の記憶」がこれほど相乗した例はないだろう。抗うつ薬パキシルの副作用「せん妄」がきっかけとなって事件は起きる。しかし事件後に薬を止めても後悔や反省が表れることはなく副作用説は否定される。せん妄が起きてはいてもそれは頭のどこかにあったものが拡大したものだから正常な自分がした事ではないという認識はないのだろう。自分がおかしかった事を認識することさえできず「負の記憶」が積み重ねられた幼児の感情はふてぶてしい悪魔を作り出し時間が経過しても後悔も反省も表れることはない。
 裁判で悪態をつきながらも自ら死刑を望み処刑された。しかし罪から逃れるために精神科を利用する人間が反省しているわけでもなく死刑を望むのはおかしくないだろうか。これもまた幼児化の典型的な症状の一つで死ぬことによって自らを悪のヒーローとして讃え上げようとする行為だと思われる。幼児は死を認識することも死の恐怖を持つ事もない。
 最後の最後まで悪態をつきうす笑いを浮かべるこの犯人を処刑しても「刑」としても意味をなさず「抑止」にもならない。被害者の家族にはやり場の無い怒りだけが残される。犯人は生きていない方が世の中の為だったことも確かだとは思うが、精神科と関わらなければもう少しましな人生があったかもしれない

息子に起きたこの副作用の詳細については下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 

赤ん坊の犯罪を裁けるか

精神科の関係する凶悪事件の犯人は高校生や成人のように見えても赤ん坊か幼児でしかない。赤ん坊や幼児をあなたは死刑にできるだろうか。

精神科の関係する不可解な凶悪事件を調べて行くうちに、これまで可能性を指摘されていた抗うつ薬の副作用「せん妄」「攻撃性」が当てはまらないものがほとんどである事がわかってきた。根本的な原因は「退行」だったのだ。直接の副作用で起きるのは家庭内暴力程度までであって第三者を標的とした凶悪事件は起きない。抗うつ薬に関しては退行が起きた上で直接の副作用が加わる可能性が高い。誰も知らないこの副作用が凶悪事件を起こしていた。精神科医も専門家も知らず、副作用を疑う方々さえも考え方を間違っていた。裁判で可能性さえ指摘されないのは当然の結果なのだ。

凶悪事件の犯人は高校生や成人のように見えても赤ん坊か幼児なのである。確かに大人の体と記憶が引き起こす犯罪は重大なものである事は間違いないが、赤ん坊や幼児がした事を凶悪だ、死刑だとあなたは言えるだろうか。息子が三年の間にした事をもって、どうしようもない悪い子だとあなたは言えるだろうか。今は暴力もふるうこともなく、猫と一緒にベッドで眠り、気が向いた時だけではあるがお手伝いもしてくれる高校生である。三年の間にしたことで悪い子だと言われたり、犯罪者と呼ばれ処刑されたり、服役しなければならないというのはあまりにも理不尽である。

よく考えてほしい。本当に凶悪なものを持ち合わせた人間が精神科に行って薬を飲むだろうか。ほとんどがうつ病、恐怖症、不眠、不安障害、発達障害、不登校などで精神科を受診したにすぎず、殺人衝動が止められずに病院に行った人間はまずいない。それがなぜ精神科の治療を受けながら凶悪犯罪の犯人になってしまうのだろう。本来彼らに何の罪もないことはこの事だけでも十分証明されるのではないだろうか。

少年の場合は刑法が適用される事はなく矯正教育の対象となるからまだ救われるが、成人はせいぜい心神耗弱で減軽される可能性がある程度だ。成人であっても感情は幼児でしかないのだから本来は少年法が適用されなければならないと私は思う。

多くの方は自分の感情というものが絶対なものであって、変わっていく自分に気がつかないなどということはあり得ないと思っている。全てのものごとは「考えていたこと」まで正確に記憶している中で、それまでとは全く違った性格になったことに気がつかないなどということはあり得ないと思っているだろう。残念ながらそれは無知な思い込みに過ぎない。脳の構造と働きを冷静に、科学的に分析すれば当然起こりうることなのだ。脳梗塞がそれを起こすのだから間違いない。人は退行に限らず感情の変化をその時点ではけして認識することができない。

 私たちは脳の不思議さを何もわかっていない。普通に成長し普通に生活している分にはその不思議さを考える必要もなく、その理解を超えたものを異常者として排除することしか考えない。

 凶悪事件の犯人を擁護するような発言をすると抗議が殺到する国柄であることはわかっている。確かに犠牲になった方の気持ちは犯人を自分で殺しても足りないくらいのものだろう。しかし薬で犯罪者にされただけの小心者を処刑しても悲しみの連鎖は止められない。凶悪事件を無くしたいなら、同じ悲しみを味わう人を一人でも少なくしたいのなら、真犯人である製薬会社と精神科医を訴えなければならないことをわかっていただきたい。どれだけの人が被害者として、加害者として犠牲になっているかを考える時、何一つ罪を問われることの無い両者への怒りを私は止められない。これは製薬会社と精神科医によって仕組まれた誰にも気づかれず、何の証拠も残すことなく人の心を操る事によって引き起こされる「完全犯罪」である。

刑務所に入ろうが死刑になろうがどうでもいいような、社会に迎合できないから精神科に行く、「普通」に生活している方にとっては必要のない「屑」のような人間なのかもしれない。しかしそれでも愛してやまない家族がいる事を忘れないでほしい。自分の家族が薬で犯罪者にされたらあなたは平気でいられるだろうか。

精神科の薬さえ飲まなければこれらの犯罪はけして起きる事は無かった。それまでの人生を奪われた上、通常の意識の遥か彼方で起こしてしまった事件で人とは思えぬ扱いをされ、罪を背負わされ死刑にされたり、一生を刑務所で過ごさなければならない彼らの人生はあまりにも不条理に満ちている。

もちろん私たち家族のように、事件には至らなくても、苦しみ傷つき、悲しみの内に長い時間を過ごさなければならない方はもっとたくさんいるに違いない。病名すら診断されず副作用であることも認められぬまま、中には一家心中や自殺、家族崩壊などに至っているケースが少なからずあるはずだと思う。私達家族は何度もあったその危機を運良く乗り越えて来たにすぎない。

息子に起きたこの副作用の詳細な記録と考察は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/

下関通り魔事件は精神科薬の驚愕の副作用が原因だ

犯人は35歳の記憶と知識を持った幼児だった!感情記憶の喪失「退行」が凶悪事件を起こす。初めて明かされる驚くべき真相!


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月29日下関通り魔事件の犯人に対する死刑が執行された。

公表されている事件の概要は次のようなものである。

・・・

1999929日午後425分頃、山口県下関市のJR下関駅構内に突然乗用車が突っ込んで、駅にいた通行人を跳ねながら暴走、その後車から降りてきた男が包丁を振りまわして逃げ惑う人々を次々と殺傷。この事件で5人が死亡、10人に重軽傷を負わせた。現行犯で逮捕されたのは運送業の男(当時35歳)だった。

 犯人の男は九州大学工学部建築学科に進んだが対人恐怖症を発症しなかなか就職しなかった。このため87年には心配になった両親が東京の病院に入院させた。885月にも福岡市内の精神病院に入院している。

 症状はある程度安定し、その後はいくつかの職場を経た後福岡市内の設計事務所に勤め、92年に自分で設計事務所を開き、93年には結婚相談所で出会った女性と結婚した。

 97年あたりからは対人恐怖症によるトラブルからか営業不振になり、98年、事務所を閉鎖。99年に軽貨物輸送の仕事を始める。98年別居状態になっていた妻と離婚。

 仕事に使っていた軽トラックが冠水して故障しローンだけが残り父親に援助を求めたが父親はこれを拒否、家の車を貸してやるからそれで仕事を続け、自分でローンを返すように諭した。

 元々、真面目な努力家だったはずの男はそうした災難や、人々の仕打ちもあって、社会に対する憎悪の気持ちを高めていった。努力していてもうまくいかないとなると、周りに責任があると考え「社会にダメージを与えてから死んでやろう」と通り魔犯行の大量殺人計画をたてる。

 逮捕後「社会に不満があり、だれでもいいから殺してやろうと思った」「池袋事件のようにナイフを使ったのでは大量に殺せないので車を使った」などと供述し、「神の指示」などと意味不明の発言を繰り返し、時に奇声を上げて廷内で暴れるなど奇行が目立ち始める。こうした行動が罪逃れのための演技であるか実であるか、精神鑑定が行なわれた。

 検察側が死刑求刑の根拠とした鑑定は、犯行時の精神状態を「人格障害が背景となった反応性うつ状態を繰り返していたが、刑事責任能力への影響はない」と結論付けた。一方、弁護側が受け入れた鑑定では「統合失調症に近い妄想性障害で、心神喪失または心神耗弱」と判断している。(公開されているニュース記事などから一部転載)

・・・

88年の入院から断続的に精神科に通院していた犯人の男性は犯行直前にSSRI、抗不安薬、大量の睡眠薬を服用していたことがわかっているが「副作用」の可能性は弁護側からも出てこない。その理由はSSRIなどの副作用とされる「脳内物質の分泌異常による一時的なせん妄、攻撃性」という症状が当てはまらないからだろう。事件前から良くない素行や考え方が目立ち、事件後も後悔や反省が見られないのだから当然と言えば当然だろう。精神鑑定はどちらも正しくどちらも間違っている。統合失調症に近い妄想性障害という判断は97年頃から薬の副作用による退行によって半永久的に引き起こされているものであり、知識記憶には全く問題が無いので副作用の知識の無い精神科医では「子どもっぽい」というだけでは責任能力が無いとは判断できないだろう。
 男性は97年事務所が営業不振になったあたりから、断続的に服用していた精神科薬によって前頭葉が萎縮し、感情記憶が失われる「感情記憶の喪失」を起こし同じ記憶をもった「別人」になっていたのだ。幼児化した感情が仕事相手にも家族にも愛想尽かされる原因だった。社会や家族と密接な関係を持っている成人がこの症状を起こせば悲惨な結果を生むことは以前にも書いた。その変貌ぶり、抑制の効かないわがまま、短絡的な思考、常識ある社会人とは思えない行動。知識や記憶はそのままに感情だけが幼児化する副作用の典型的な症状だ。精神科医はもちろん家族もそんなことが起きているとは夢にも思わないから病気が悪化した、おかしくなったとしか考えられず失望し距離を取るようになってしまう。そのことが回復時の再成長に影響を及ぼし「負の記憶」が重ねられていく。薬の断続的服用によって幾度も幼児化は起き「感情記憶」はその度に消えるが一般記憶として大脳皮質に記憶された「負の記憶」は消えない。やがて幼児化した感情が「負の性格」と「負の記憶」によって生み出される妄想をコントロールできなくなり、事件の引き金となる。逮捕後、薬は止められても感情の再成長には長い時間が必要であり、安定した環境と愛情によってのみ正しい成長が期待できるが、その環境は望むべくもなく歪んだ感情が形成され罪の意識が芽生える事もない。取り調べ時の奇行は演技でも何でもない幼児そのものなのだ。

男性は2度殺されている。一度目は97年に「人格」が、3月29日に「命」が殺された。死刑という非文明的で野蛮な刑はそれだけであってはならないが、万一この事が証明されて男性に責任が無かったとされても失われた命は返ってこない。唯一の存在意義である「犯罪抑止」もこの副作用による凶悪犯罪には全く効果が無い。真犯人である製薬会社と精神科医、この事態を放置している国は何の責任も追及されない。被害者の家族の方、加害者の家族の方、本当にこれで満足なんですか?警察も専門家もジャーナリストもどうしてこのおかしさにいいかげん気がつかないのだろう?

こうして100%確実な副作用による犯罪にピリオドが打たれ、真実は明らかにならないまま新たな犯罪が起き失われなくてもいい命が失われて行く。類似する事件がどれだけ起きているかよく考えればわかるはずだ。私はこの悲しみの連鎖を止めたい。

この事件に関して副作用の可能性を指摘する方々でもどうして犯罪が起きるのかまで説明できた方はいない。それはこれまで「感情記憶だけが消える」という副作用が存在する事を誰も知らなかったからだ。おそらく日本で初めて私がその詳細を記録し、何が起きているのかを理論化した。すべての状況が説明可能で、すべてのつじつまがあう、それは真実だからだ。多発しているのに誰も知らないこの副作用については下記を参照してほしい。これは嘘でも空想でもない「事実」である。

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凶悪事件は知られている抗うつ薬の副作用だけで起きるか

精神科の絡む凶悪犯罪では「攻撃性が増す」などの知られている副作用以前に感情脳の萎縮による感情記憶の喪失「退行」が起きている


抗うつ薬、SSRIなど精神科薬には自殺、興奮、焦燥、不安、激越、せん妄、攻撃性などの副作用がある事が正式に認められている。アメリカではアクチベーションシンドロームと呼ばれ日本よりはるかに一般にも知られるこれらの副作用だが、精神科の絡む日本の凶悪犯罪の裁判においてはその関連性についてはほとんど認められていない。それはどうしてなのだろう?

私の妻はうつ病の治療に際して私が止めたにも関わらず病院を変えたり薬を変えたりすることを繰り返した。そのおかげで一部の薬が不安、焦燥などを引き起こし異常行動や自殺未遂を繰り返す状態に繋がることがわかった。家族が気付いて止めなければ自殺はもちろん家族に危害が及ぶ可能性もある。しかし薬をやめたり変えたりすることで平静を取り戻し自分はなぜそんな事を考えていたのだろうと考えられるようになる。これが一時的な「副作用」の症状である。しかしどういうわけか精神科の薬が絡む凶悪事件については関連性は100%のはずなのに多くの場合それが必ずしも当てはまらず、「副作用」ではなく「性格」なのだと判断されてしまうのだと思われる。弁護側から副作用の指摘さえない場合も多い。

うつ病などはセロトニンなどの脳内物質の分泌異常が起きることによって発症すると言われている。薬はこの異常な状態の脳内物質をコントロールすることによって精神状態を正常な状態に近づける作用があるとされている。しかし薬が合わなかったりした場合には想定外の脳内物質異常を引き起こし異常行動に繋がると多くの精神科医は考えている。しかしこの考え方には次のような矛盾点がある。

・長期に渡って副作用が続くこと

私の息子は抗不安薬を飲んだ直後に別人のようになった。薬を止めて一ヶ月が過ぎても回復する事は無かった。医者はそんな副作用は無いという一点張りで話を聞こうとさえしなかった。薬の直接の作用で脳内物質の異常が起こるということであれば薬を止めれば数日で症状は回復するはずだ。しかし数カ月~数年に渡り副作用が続く例が少なくないことは副作用を経験した患者の間ではよく知られている。明らかに薬を飲んだ事によって別人のようになったことを家族は訴えているのに副作用ではなく「もともとの性格」とされてしまうケースも多い。事件では長期に渡って反省の意思を示さないなどの特徴として現れる。

・幼児のような行動や言動の理由

脳内物質異常説では不安、興奮、焦燥感などはある程度説明がつくとも思われるが日常的に子どもっぽい行動や言動があること、欲望を抑える機能欠如の理由付けができない。ほとんどの症例で不思議と甘えたり、すねたり、わがままだったり、抑制がきかなかったりという、まるで幼児のような行動、言動が長期間見受けられる。それがどこから来るのか誰も説明できていない。

・脳梗塞患者の症状と酷似

脳梗塞の発作を起こし回復した親戚が息子に現れた副作用に酷似した後遺症を発症した。脳梗塞は脳の一部が壊死することによって起こる症状であり脳内物質の異常は関係しない。

・せん妄で殺人事件まで起きるか

  脳内物質の異常は確かにせん妄(半錯乱状態)、焦燥感など精神異常を引き起こす。攻撃的な性格になる可能性は十分あるが完全な錯乱状態とは言えない段階で家族以外の第三者を殺してしまうまで自我を喪失してしまうものだろうか。発症以前にはそのような考えを抱いた事の無い人が社会的に葬られ、極刑になるかもしれない行為をこの段階で遂行できるものなのだろうか。



 薬の種類によって症状の出方に違いは見受けられるものの、これらの矛盾点から私はこれまで抗うつ薬やSSRIなどの副作用と言われている異常行動の中で、せん妄、攻撃性が増すレベルの症状が出る段階ではほとんどに「退行」が起きている可能性が高いのではないかと思っている。薬をやめれば一時的な焦燥、せん妄などの症状は収まるが幼児化した人格は元に戻る事は無く、善悪の判断ができず後悔も反省する事も出来ないのではないか。退行が起きた上で焦燥、せん妄などが起きれば凶悪事件に繋がる可能性は極めて高くなる。目先の症状だけに目を奪われて重要なことが見逃されているのではないだろうか。

 凶悪事件と副作用の関連が直線で結び付かないのは精神科医の無知、思い込みもさることながら精神科薬によって半永久的な「退行」が起きるという概念を持った専門家が一人もいなかったことによるものだと私には思えてならない。

息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 


 

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