精神科医が作り出す「異常性格者」

不可解な凶悪犯罪の驚愕の真相・・・悲しみの連鎖を止めたい

凶悪事件は知られている抗うつ薬の副作用だけで起きるか

精神科の絡む凶悪犯罪では「攻撃性が増す」などの知られている副作用以前に感情脳の萎縮による感情記憶の喪失「退行」が起きている


抗うつ薬、SSRIなど精神科薬には自殺、興奮、焦燥、不安、激越、せん妄、攻撃性などの副作用がある事が正式に認められている。アメリカではアクチベーションシンドロームと呼ばれ日本よりはるかに一般にも知られるこれらの副作用だが、精神科の絡む日本の凶悪犯罪の裁判においてはその関連性についてはほとんど認められていない。それはどうしてなのだろう?

私の妻はうつ病の治療に際して私が止めたにも関わらず病院を変えたり薬を変えたりすることを繰り返した。そのおかげで一部の薬が不安、焦燥などを引き起こし異常行動や自殺未遂を繰り返す状態に繋がることがわかった。家族が気付いて止めなければ自殺はもちろん家族に危害が及ぶ可能性もある。しかし薬をやめたり変えたりすることで平静を取り戻し自分はなぜそんな事を考えていたのだろうと考えられるようになる。これが一時的な「副作用」の症状である。しかしどういうわけか精神科の薬が絡む凶悪事件については関連性は100%のはずなのに多くの場合それが必ずしも当てはまらず、「副作用」ではなく「性格」なのだと判断されてしまうのだと思われる。弁護側から副作用の指摘さえない場合も多い。

うつ病などはセロトニンなどの脳内物質の分泌異常が起きることによって発症すると言われている。薬はこの異常な状態の脳内物質をコントロールすることによって精神状態を正常な状態に近づける作用があるとされている。しかし薬が合わなかったりした場合には想定外の脳内物質異常を引き起こし異常行動に繋がると多くの精神科医は考えている。しかしこの考え方には次のような矛盾点がある。

・長期に渡って副作用が続くこと

私の息子は抗不安薬を飲んだ直後に別人のようになった。薬を止めて一ヶ月が過ぎても回復する事は無かった。医者はそんな副作用は無いという一点張りで話を聞こうとさえしなかった。薬の直接の作用で脳内物質の異常が起こるということであれば薬を止めれば数日で症状は回復するはずだ。しかし数カ月~数年に渡り副作用が続く例が少なくないことは副作用を経験した患者の間ではよく知られている。明らかに薬を飲んだ事によって別人のようになったことを家族は訴えているのに副作用ではなく「もともとの性格」とされてしまうケースも多い。事件では長期に渡って反省の意思を示さないなどの特徴として現れる。

・幼児のような行動や言動の理由

脳内物質異常説では不安、興奮、焦燥感などはある程度説明がつくとも思われるが日常的に子どもっぽい行動や言動があること、欲望を抑える機能欠如の理由付けができない。ほとんどの症例で不思議と甘えたり、すねたり、わがままだったり、抑制がきかなかったりという、まるで幼児のような行動、言動が長期間見受けられる。それがどこから来るのか誰も説明できていない。

・脳梗塞患者の症状と酷似

脳梗塞の発作を起こし回復した親戚が息子に現れた副作用に酷似した後遺症を発症した。脳梗塞は脳の一部が壊死することによって起こる症状であり脳内物質の異常は関係しない。

・せん妄で殺人事件まで起きるか

  脳内物質の異常は確かにせん妄(半錯乱状態)、焦燥感など精神異常を引き起こす。攻撃的な性格になる可能性は十分あるが完全な錯乱状態とは言えない段階で家族以外の第三者を殺してしまうまで自我を喪失してしまうものだろうか。発症以前にはそのような考えを抱いた事の無い人が社会的に葬られ、極刑になるかもしれない行為をこの段階で遂行できるものなのだろうか。



 薬の種類によって症状の出方に違いは見受けられるものの、これらの矛盾点から私はこれまで抗うつ薬やSSRIなどの副作用と言われている異常行動の中で、せん妄、攻撃性が増すレベルの症状が出る段階ではほとんどに「退行」が起きている可能性が高いのではないかと思っている。薬をやめれば一時的な焦燥、せん妄などの症状は収まるが幼児化した人格は元に戻る事は無く、善悪の判断ができず後悔も反省する事も出来ないのではないか。退行が起きた上で焦燥、せん妄などが起きれば凶悪事件に繋がる可能性は極めて高くなる。目先の症状だけに目を奪われて重要なことが見逃されているのではないだろうか。

 凶悪事件と副作用の関連が直線で結び付かないのは精神科医の無知、思い込みもさることながら精神科薬によって半永久的な「退行」が起きるという概念を持った専門家が一人もいなかったことによるものだと私には思えてならない。

息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/


 


 

アフガンの狂気

アフガンの米兵銃乱射事件は精神科薬の副作用ではないか

 

アフガニスタンで駐留中のアメリカ軍の兵士が一般住宅に押し入り銃を乱射し多数の死者が出た。米兵の愚行、凶行そのものは珍しい事ではないが、単独で起こしたこの事件は戦場の恐怖が精神異常を引き起こしたのではないかと言われている。

戦場というものが人間にとってどれほど極限の状態を強いるかは私などの想像をはるかに超えたものであろうと思う。まともな精神状態を保てる方がおかしいとしか考えられない。ベトナム戦争以降帰還兵に精神異常をきたすものが少なくないというのは当然のことなのだろう。

一般的に考えればそういう恐怖の中で被害妄想が拡大し凶行に至ったということなのだろうが本当にそれだけが原因なのだろうか。

アメリカでは銃乱射事件が後を絶たない。学校を舞台にした学生による事件も多発している。その原因の一つに挙げられているのが抗うつ薬の副作用である。興奮、焦燥感、攻撃性が増すなどの副作用は軽微な身体的精神的副作用とともにアクチベーションシンドロームと呼ばれ、脳内物質の異常に伴う一時的な脳のパニックと言われている。しかし本当にそれだけで破滅的な事件を説明しきれるのだろうか。

この兵士が抗うつ薬や抗不安薬を服用していたかどうかは不明であるが、アメリカでは麻薬、ドラッグなどがまん延し、抗うつ薬なども合法、非合法を問わず入手しやすい。原則として麻薬やドラッグは持ち込めないだろうしうつ病などの症状があれば戦場には入れないはずではあるが、精神科薬なら持ち込む事も容易だろうし、軍医からの処方もあるのかもしれない。

一時的な精神的混乱なのか、副作用による一時的なアクチベーションシンドロームの一つなのかそれとも根本的に「退行」による半永久的ものなのか、詳しい状況は把握できないがこの事件が何らかの副作用なのではと私には思えてならない。精神科薬による副作用が銃社会と結び付けば恐ろしい事件に発展する事はアメリカ社会において実証されている。

アクチベーションシンドロームの根底には「退行」が潜んでいると私は考えている。抗うつ薬を止めれば直接的な焦燥感などは収まるが別人のような性格、子どもじみた行動や言動、犯罪を後悔しないような状態が長く続くのではないだろうか。

感情脳の萎縮によって感情記憶が破壊され幼児化する「退行」に「負の性格」「負の記憶」さらに「興奮」「焦燥感」などの直接の副作用が加わることによって破滅的な凶悪犯罪が引き起こされると私は思っている。


息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/

感情記憶の喪失「退行」発症のメカニズム

精神科薬が脳梗塞と同じ現象を引き起こし神経細胞を破壊する
 

・感情脳の萎縮

なぜ非可逆性退行は起こるのか。その詳細については素人が入り込む余地のない脳科学の専門分野だが、専門家に知り合いは無く誰も力を貸してくれそうにもないので素人なりの仮説を立てておきたい。専門分野なので間違いがあるかもしれないことを始めにお断りしておく。

脳は基本的に三つの分野があって独立しながら連携している。つまり三台のコンピューターで構成されているといっていいだろう。一つは小脳を主とする自律神経を制御するもの。意識することなく動き続ける呼吸などを司るもので生存脳と呼ばれている。二つ目は視覚、聴覚などとともに言語、一般記憶などを蓄積する認知脳と呼ばれる大脳皮質。そして三つめが感情や情動を司る感情脳と呼ばれる大脳辺縁系である。

感情は主に前頭葉が制御していると言われているが、元になる感情記憶は視床下部や海馬、扁桃体といった脳の中心部にある大脳辺縁系に蓄積されている。そこから必要なデータを取り出して前頭葉が今現在の状況や一般記憶と照らし合わせて行動や情動をコントロールする。

一般記憶や言語などには全く問題が見られないことから認知脳ではなく感情脳に問題が起こることは明らかだろう。薬はある特定の人の感情脳の一部あるいは全部を一時的に萎縮させるのだと思われる。脳のどの部分かは限定していないが一部の薬では製薬会社も副作用として認めている。この副作用が製薬会社の想定を遥かに超え高頻度に発生し、広範囲の症状を派生させているのだと思われる。

感情脳の萎縮によって神経細胞の壊死、ないしは神経ネットワークが寸断されることによって感情記憶が破壊される。萎縮自体は薬を止めれば数日で元に戻ると思われるが一度破壊された細胞やネットワークは復元せず時間をかけて再構築されることになる、というのが私の考える仮説である。

わかりやすく例えれば大きな風船の中に小さな風船がたくさん詰まっているとしよう。外側の風船が一度縮めば中の風船は割れてしまう。外側の風船が元の大きさに戻っても中の風船はもう戻らないということだ。したがって時間が経ってMRI検査をする頃にはすでに萎縮はなくなって異常なしと診断されるのに、感情記憶は長期間元に戻らないという結果になる。

とりあえずは抗不安薬の例について確実に言えることだが、この副作用はたった一粒の薬が致命的な後遺症を残すことになる。連用が中毒を起こすわけでもなく、薬をやめることで禁断症状が出るわけでもない。劇的な効果を持つわけでもないはずの一粒の薬が何年も社会生活を不可能にする重度の後遺症を引き起こすのである。

・特定の人に発症する理由

発症頻度は高いがそれでも一部の人にしかこの副作用は起きない。それが何故なのかはやはり専門的で難しい分野である。可能性としては脳の構造の特異性や薬の解毒作用の違い、アレルギーなどが考えられる。

脳の構造という点では発達障害が関連するとも考えたが同じ要素を持っていると思われる妻にはこの副作用は現れなかった。息子は家族で唯一花粉や薬のアレルギーを持っていてそれが何らかの関連を持っている事は十分考えられる。脳の萎縮という作用は薬の何らかの共通物質、あるいは脳内物質のコントロールを行うあらゆるものへの拒否反応、一種のアレルギー的反応とも思える。

ストレス物質が海馬を萎縮させる現象は知られておりPTSDの原因とも言われている。薬の成分がストレス物質と同じ働きをする可能性もある。インフルエンザ治療薬タミフルでも一部の患者に異常行動が起こることが知られていて、この発症体質とも関連があるようにも思う。

・脳梗塞後遺症との酷似

以前の記述の中で脳梗塞を扱う脳外科医だけがこの症状を知っていると書いた。それは妻の叔父の脳梗塞後遺症を見たからである。

異常な興奮、そう状態のように見え、言葉が汚く乱暴、ささいなことで怒ったりへそを曲げたり、奥さんに暴力をふるう・・・獣医師で理知的、紳士的、奥さんとも仲の良い、けして手を上げるようなことのなかった以前の姿とはまるで別人のようになったその症状が息子の一度目の薬を飲んだ時の症状に酷似していたのだ。これには私の方が驚いた。

脳梗塞の症状は血栓や出血によって脳の細胞が壊死することによって起こる。後遺症としての障害は損傷を受けた脳の部位によってさまざまだが、それが「感情脳」であった場合には「退行」が引き起こされる可能性があるということだ。このことによって退行は脳の神経細胞、神経細胞ネットワークの破壊が原因であることが裏付けられた。薬は「脳梗塞」と同じ現象を起こすのだ。

・回復の過程・・・非可逆性の意味

 一度退行を起こしてしまえば回復に数年あるいはもっと長い時間を要する可能性がある。息子の場合赤ん坊からどうしようもない幼児期を抜け出すまで三年かかった。それからの成長のスピードは速まっているようにも思う。実年齢並みにはまだまだ届いているとは思えないが、もはや個人差の範囲に入っているようでもあり判断はとても難しい状態にある。通常の成長の何倍かの早さで進むようではあるが、待っている者にとってそのスピードはあまりにもゆっくりだ。成人の場合と子どもの場合とは違いがある可能性もある。例えば三十歳の成人がその年齢の感情に戻るまでどの位時間がかかるかは未知数でしかないが数年程度では難しいのではないだろうか。

 厳密に言えば回復ではなく成長である。一度失われたものは二度と戻らない。それまでの感情は消去されている。「非可逆性」の意味はここにあって、再び同じ成長の過程を経なければならないということになる。それまでの人格は一旦そこで死に、新たな環境の中で学習しながら別の人格として成長する。単なる副作用ではなくこれは「殺人」に等しい。

 子どもの場合この真相に家族が気付かなければならない。生れついた性格は同じであるから似たような人格が形成されるには違いないが、赤ん坊であることを認識して愛情を注いで温かく見守ってあげることによって正常な成長ができる。どうしてこんな子になってしまったのかと落胆し叱責を続ければ歪んだ性格が作り上げられることになる。

成人の場合はとても複雑な問題に遭遇することになる。家族や社会と複雑な結びつきを持っているから回復のための時間や愛情を与えるのはとても困難である。何の知識も無い周囲の人間はそれを認めることができず家族さえ性格が変わった、悪くなったと判断して離れてしまい孤立し正常な感情の成長が大きく阻害されることになる。本来ならお母さんに抱っこされあやされている時期が必要なのにその欲求が満たされなければ愛情不足となり歪んだ心を持つことになるが現実にそれは許されない。また、成人としての知識と記憶、体がその欲求を複雑で恐ろしいものへと変貌させていく可能性も高い。

少年犯罪の場合は矯正教育プログラムの対象となりある程度正常な成長が期待できるが、恫喝、脅迫、騙し、誘導といったような警察の取り調べの中では真摯に反省するような成長は望めず歪んだ性格しか形成されない。

・ 明確に記録されない一般記憶

 発症までの一般記憶には何の問題もないのだが、退行時の記憶は不明確にしか記憶されないようだ。例えば一般的に中学三年の段階では一年の時の記憶はかなり鮮明にあるはずだが、息子の場合退行を起こした一年頃の記憶はかなり曖昧で霧の中を歩いているようなものでしかないようなのだ。

一般的な記憶は一時的に海馬に記憶され必要に応じて大脳皮質へコピーされるらしいが、萎縮によって海馬の機能が低下していることが原因なのだろうと思われる。感情年齢一歳頃の記憶は実際の一歳頃の記憶と同じ程度にしか記録されず忘れ去られていくのかもしれない。

 

息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

http://toshio1131.web.fc2.com/

 

秋田連続児童殺害事件は精神科薬の副作用「退行」による事件の典型

犯人は33歳の記憶を持った「薬が作りだした幼児」だった!



精神科薬による副作用「感情の幼児化」は無論子どもだけではなく大人にも起きる。大人にこの症状が起きればより悲惨な状況が作られる。この事件はその典型である。

2006年秋田県で33歳のシングルマザーが9歳の娘を川に投げ落として殺害した後、さらに近所の同級生の男の子を殺害して遺棄したとされる事件で概要は次のようなものである。



娘が行方不明だと母親が警察に通報したのが事件の始まりだった。やがて近くの川原で遺体が発見され警察は事故死と断定する。ショックを受けたらしい母親は精神科に4日ほど入院。退院後事故ではないと騒ぎ立てマスコミの目を引くことになる。そして近所の同級生の男の子の遺体が発見され日本中の注目を集める中で逮捕される。多くの国民がテレビで母親の姿を見、「わが子を殺しておきながらぬけぬけと被害者を演じていた鬼畜」像を抱いた。検察は死刑を求刑したが娘への殺意を明確に立証できず無期懲役となった。

犯人とされた母親は幼いころから父親の暴力に怯えて育ち、人になじめない性格で学校ではいじめられた。高校卒業後家を出て温泉ホテルなどで仕事をするが父親に連れ戻され結婚。娘が生まれたが離婚し、パチンコ店などに勤めるが退職。生活保護を受けるが借金が膨らみ自己破産する。自律神経失調症で精神科に通院し安定剤や睡眠薬を多用、自殺未遂を繰り返すようになる中で事件は起きた。

・・・

誰もが母親の顔を何度も見たであろう事件であるがその真相は多くの人が考えているものとは違っている。

近所の住人をはじめ母親を知る多くの人がテレビに映し出される異常に興奮し強い口調で訴える母親の姿に違和感を覚えた。どちらかと言えば人目を避けるように暮らし、自ら話しかけることなどほとんど無い陰気で内向的な性格だったはずの母親。その変わりようにまるで別人のようだと証言する人もいた。

本来の母親はテレビに映し出されマスコミが作り上げた鬼畜像とは全く違っていて、幸せとは言えない幼少期や男運の悪さの中でそれなりに一生懸命に生きてきた心の弱い女性だった。母親を知る多くの人の証言がそれを裏付けている。ではテレビに映し出された人物像は何だったのだろうか?

母親は二度精神科に通っている。一度目は2003年に勤めていたパチンコ店を辞めて精神的に不安定になっている時に民生委員に勧められてのことだ。この後自殺未遂を繰り返すようになっている。安定剤や睡眠薬を常用し娘が川に落ちた時も睡眠薬の影響があったとも言われている。女一人での子育ての大変さは生活苦とともに母親を追い詰めていたのは確かではある。

娘は殺害したのではなく事故死だったのだろうと私は思っている。確かにいなくなればいいのにという気持ちが無かったとは言えないだろうが、それはシングルマザーのほとんどが頭の片隅で考えることに過ぎない。娘が橋から落ちた瞬間の記憶が無いということから考えて「ショック」な出来事がその瞬間起きたのだと思われる。殺そうと思ったらそれはショックな出来事ではない。事故だったから「ショック」を受けて記憶がなくなったのだ。そういうことが私の妻に幾度もあったから私は容易に理解できる。それに殺そうとしたのなら事故死とされた警察の判断を覆す必要など全く無いのだ。

娘の遺体が発見された後、精神的に不安定な状態となって精神科に4日ほど入院する。ここでおそらく抗不安薬を処方されたのだろう。この時点で退行を起こしたのは明らかだ。

退院した母親はまるで「別人」のように異常な興奮状態となっていた。娘が事故死ではなく事件に巻き込まれたと警察やマスコミ、近隣の住民に過激に訴え始めるのである。これが自分の殺害を隠す作戦と言われているがあまりにもばかげている。この時点では娘が本当に行方不明になったと思っているのだ。その時の記憶が無く、さまざまな妄想の記憶をコントロールする感情を失って起こした行動なのである。近所の男の子を殺害したのも明確な殺意があった訳ではなく妄想と現実の区別がつかない状態での行為である。この間の出来事には理由を見つけることができず幼児のような行動としか表現できない。しかしマスコミはパフォーマンスだと吊るし上げ、私を含め多くの国民はそう思い込まされた。

母親にとっての最大の不幸は薬によって性格が大きく変わったことを認識できる家族が誰もいなかったことである。両親とは距離があり、彼氏とされる男は検察側に利用されてしまう程度の仲でしかなかった。それまでとは全く違う異常な興奮状態がテレビで放送されても家族は否定できず、ふてぶてしい犯人像として定着してしまった。

裁判ではこの一連の出来事をよく覚えていないと証言している。検察側はそれを偽証だと言っているが感情の幼児化が発症して間もない状態の記憶は幼児期の記憶のように霧の中を歩いているような不明確なものとしてしか残らないのだから本当なのである。彼女自身なぜ事件として捜査することを望み、なぜ殺したのかを時が過ぎてから説明できないのは仕方ないことなのだ。

自分がどうして罪を犯したのかは理解できなくても時が過ぎるにつれ罪の大きさは感じるようになるのだが、幼い感情からの愚直な謝罪は相手にも世間にも受け入れられない。

従来の精神科薬の副作用の考え方である抗うつ薬の脳内物質の異常によって起こる「せん妄」「攻撃性が増した」状態では症状の出方や裁判まで含めた時間軸上の精神状態が説明できない。そういう考え方があったかどうかは知らないが「副作用」という話は弁護側からも聞かれなかった。また、ネット上などで精神科薬と凶悪事件の関係を疑う方々もどのようなメカニズムによって事件に繋がっていたのかを具体的に説明することはできていない。

母親は人とのコミニケーションに障害のあるアスペルガーでも解離性障害でもない。33歳の記憶を持った幼児か赤ん坊だったのだ。正常な意識とは程遠い世界で起こした事件によって母親は無期懲役の判決を受け服役している。幸福に縁の無かった人生の終わりが刑務所であることをどう表現すればいいのだろうか。少なくとも精神科に行かなければこの事件は起こらなかったはずなのに製薬会社も精神科医も何一つ罪を問われることはない。



たくさんの専門家がかかってもこの母親の心理状態を説明しきれない。しかし私はそのすべてを説明する事が出来、すべてのつじつまを合わせる事が出来る。それは息子に起きた副作用をおそらく「世界で初めて」詳細に記録し「何が起きているのか」を初めて理論化できたからだ。多発する「不可解な」凶悪事件のつじつまが合う、どんなサスペンス小説や映画よりも恐ろしい事が起きているのを誰も知らない。本当の事を言っているのにマスコミもジャーナリストも誰も信じてくれない。テレビや映画に登場するような「カンの鋭い正義漢」的ヒーローは現実には存在しないのだ。



<参考文献「橋の上の殺意」鎌田慧著 平凡社>



息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

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多発している精神科薬の副作用「感情記憶の喪失」。なぜ誰も知らないのか?

たった一粒の精神科薬が「キチガイ」を作り出す副作用「感情記憶の喪失」なぜこの副作用を誰も知らないのか?


 感情脳の萎縮による感情記憶の喪失「退行」、この副作用は抗不安薬を始め抗うつ薬、SSRIなどで数十人に一人程度の高確率で多発していると思われる。それなのになぜこの副作用を誰も知る事が無かったのか。その最大の理由は医者が副作用だと認めないことである。

この国ではどんなに患者本人や家族が訴えても医者が認めなければ公式な「副作用」にはならない。副作用によって通院や入院を余儀なくされればある程度の保証を受けられる制度があるにはあるが医者が認めることが大前提である。精神科薬の副作用にこの制度が当てはめられることは極端に少ない。

どうして医者はこの副作用を認めないのか。その第一の理由は知識が無いことである。残念ながらこの副作用について研究した専門家は皆無で論文も存在しない。抗うつ薬の一部については攻撃性が増すなどの副作用があることが知られ厚生労働省も認めているが、その原因は一時的な脳内物質の異常によるものとされ、長期間症状を示すこの副作用については全く触れられていない。薬の添付文書にそれらしい記述はあるが発症率は不明か1%以下とされ、難解なその記述を現実的に現れる副作用と結び付ける事が出来る医者は皆無だ。つまりこの副作用は「まず起きる事が無い」とされているから研究もされず、製薬会社が医者に説明する事も無い。よって医者は「副作用でそんな事は起きない」と決めつけ、報告される事が無いという悪循環になってしまったのだろう。

第二の理由は知識や記憶に何の問題も無く「感情」だけが幼児化するという現象を「あるはずが無い」とする既成概念である。私とて自分の目の前で起きなければ信じることなど無かっただろう。どう説明しても100人中100人が「そんな事はあるはずが無い」と言うだろう。「たった一粒の薬で半永久的に別人になり、自分では絶対にその事に気づかない」などという事実が存在すると考えられる人はまずいない。一般市民はもちろん、脳梗塞を扱う一部の「脳外科医」を除いては精神科医、専門家でさえそういう既成概念を持っている。したがってこの副作用が認められることはあり得ない。

第三の理由は家族にしかその変化がわかりにくいという点である。先にも述べたように知識や一般記憶には一切欠落は見られない。全て年齢並で会話は普通に成り立ち、善悪の判断も知識としては持っている。ただ抑制の効かない子どもじみた反応、わがまま、甘え、興奮、すねる、言葉が乱暴、暴力、攻撃性などが突然現れるのだがどれも抽象的でわかりにくい。もともとの性格なのか副作用なのかを家族以外の第三者が判断できる材料はほとんどない。いくら家族が薬を飲んで突然起きたと訴えても、わずかな時間しか接しない以前の様子を知ることも無い医者にはわかるはずもない。自分の出した薬で副作用が起きたという事を認めたくない心理も働くから「一時的な症状」「副作用ではない」「気のせい」「そんな人はどこにでもいる」「もともとの発達障害」「別の精神病」「離脱症状」などと全く見当違いの診断を下す。家族でさえ副作用である事、性格が別人のように変った、わがままな子供みたいになったということまではわかっても本当に何が起きているのかを知る由もない。
 マスコミ、警察、司法はすべて「家族の訴え」ではなく「○○大学名誉教授」などという立派な肩書を持った「専門家」の言う事を信じる。しかし原発事故でテレビに担ぎ出された「専門家」の「いいかげんさ」はたくさんの国民が確認したはずだ。「専門家」のいうことはけして「正しい」とは限らないのに誰も自分の力で真実を追求しようとしなかった結果「起きるはずの無い」原発事故は起きた。また、製薬会社、医療関係とマスコミの癒着ぶりは電力会社に勝るのも事実である。真実は追及されることなく、多くの罪の無い国民が犠牲になり、犯罪者にされて行く。どんなサスペンス映画も及ばない恐ろしい現実が誰も知らない間にあなたの間近に迫っている。



息子に起きたこの副作用の詳細な記録は下記を参照してほしい。

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